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コメント: 24
  • #1

    荻原 欒 (月曜日, 25 11月 2013 23:47)


    23日の土曜日に,私が大学を卒業して,昭和40年前半の頃,教員として勤めていた高等学校の担当学年のクラス会に出ました。18人の出席で,皆さん,60歳を少し過ぎた年齢ですが,元気一杯でした。そのうち女子は13名,それぞれが,それぞれ流に一家を構え,子育て,舅,姑さん,あるいは,自分の親の面倒見(介護)を果たし,(あるいは最中で),今は孫の世話の手助けなどしながら,さらに,仕事や,自己研さんふうなことにも励むという,なかなか立派な生活ぶりでした。

    さらに言えば,この高校は,当時の定時制高校でしたから,多くの皆さんが,地方の出身で,中学を卒業して,昼は働きながら,多くが寮生活をしながら,夕方から学校で学ぶという生活で,こういったいわば若いころの修行が,その後の人生,そして今日の安定に結びついているわけです。今の若者のあり方,教育のあり方が不十分だとすれば,こうした,「早い年齢での自立」,「働きながら学ぶこと」,「寮生活」,これらを考えることは,示唆的だと思います。

    当時,高校への進学者の数は,今日と比べれば,特に地方では,驚くほど少ないものでした。例えば私は,今回のクラス会の諸君よりは10年ばかり前に,神奈川県の相模原町の中学に通っていましたが,そこでは,クラスが50人ほどで,高校に進学する者は,5,6人でした。それは,日本が貧しかったというのではなく,勉学すること,学歴を積むことよりも,働くこと,都会に出て大勢の中で身を立てていく,(そして,そういった中で,必要な技能,生きる智慧を習得し,自らを高めていこうとする),そういった志向が,自助の精神が,社会に満ちていたということです。(金の卵などという言葉もその中で出てきたものです)。そしてこの方向は正しいと思うのです。なぜなら,勉学は,あくまでも,(あるいは,高々,)身を立てていくこと(生活)の手段なのです。身を立てること(生活)が目的で,勉強はそのための道具なのです。生活の展開に資する範囲で勉強するというのが,勉強の本来のあり方なのです。今日は勉学や教育が大きな顔をするようになって,その関係が逆になってしまいました。つまり,学校へ行くこと,高学歴を付けることが,生活の(人生の)目的になり,だから,親は,子を大学にやるために働きます(母親は塾の授業料を得るべくパートに精出し,教育ママふうの思考は当たり前になります)。たまたま高学歴が職業や生活に結びつく層では,それでもよいのでしょうが,そうならないで,教育や学歴だけが空回りするケースもあるのです。勉学,教育に振り回されてはいけません。勉学,教育は手段で,道具で,あくまでも「生活が第一」(おや?)なのです。もっと言えば,皮肉なことに,日本の社会主義政党は,これまで,高校全入など,教育の充実を言ってきました。でも社会主義のキーワードは,勤労,労働にあるわけです。教育は,労働,そして生活の道具ですから,労働を意識せずに教育を強調することは,手段を目的と,道具を結果と,誤認することなのです。社会主義に矛盾します。勉学や教育には,あくまでも,生活の中で,そのための手段,道具として役割を限定してやらなければなりません。

    その意味で,少なくとも,当時の定時制という制度は,大局からいえば,教育の理想の現場だったと思うのです。その後の,全日制の発展や,進学率の増大よりも,過剰な教育への志向よりも,定時制というシステムが,制度としても発展していれば,教育と勤労,生活のバランスの取れた,多分立派な社会が成立していたと思うのです。以上が私の定時制への思い入れです。

    いずれにせよ,今日の日本社会の根本問題は,我々にとって,手段や道具ばかりが横行して,それが何のためにあるか,社会の目的が,しっかり自覚されていないことです。それに付け込んで,目先の聞く利己主義者によって,手段や道具が,目的であるかのごとくに思い込まされ,その主導によって社会が動いていることです。それは,ブログで「金融」「マーケティング」を論じた折に,述べた通りです。教育についても同じような逆転がなされています。目的をしっかり押さる,それが,今日の根本問題です。それでは目的は何でしょうか。その考察が問題解決のカギです。近々に私見を述べたいと思っています。

    もう一つ,別な話題ですが,クラス会の場で,HPを開設したので,読んでみてくれと,宣伝しましたら,出席者の一人N君(女性)から,早速にメールをもらいました。掲示板の,#13 の,ガラスの冷蔵庫への感想で(私はまだこだわっています),そこには物忘れの解消法も載っていますので,以下紹介しておきます。
    ・・・・・・・・
    今日はお忙しい中をお出かけ頂き、有り難うございました。
    いつも興味深いお話を伺うのですが、今日も明日の座禅会に結びつく話題を頂き嬉しい事でした。
    明日はまたどんな風に繋がるか、とても楽しみです。

    ブログの透明な冷蔵庫には思わずドキッとしました。
    思い当たる節が沢山あり、そこにあるのに見えていないことがどんなに多いことかと思います。
    捜し物をするたびに、ほんの一枚の紙が乗っているだけなのに見えない,見つけられない。
    そんなことがよくあります。
    その度に我が家には「座敷童」がいて、いたずらをして隠しているのだと
    座敷童のせいにします。
    「お願いだからいたずらをやめて!」とお願いをすると
    不思議に見つかります。
    ・・・・・・

    前段の記事は,最近発行された幻冬社新書に,藤田一照,山下良道,共著『アップデートする仏教』というのがあって,良道さんの方は,私の知っている人で,このHPに,良道さんのサイトをリンクしてあります。藤田一照師の方は,面識はありませんが,その著作はいくつか読んでいます。たまたまクラス会でN君と話した折,彼女が,明日,一照師の葉山の道場での参禅会に行く予定だという話が出て,そこで,この本を紹介して,話がつながったということです。この本は,このHPで紹介しようと思っているのですが,きちんと書かなければと,ちょっと止まってしまっています。一照師は,彼女の,これまでの人生のネットワークの一つの結び目として存在し,良道さんの方は私のネットワークの結び目として存在する,それが,クラス会というところで,繋がったという面白さです。まことに,人間とはネットワークのことであり,開かれたネットワークは,多方面にいろいろと繋がっていくということです。
    後段は,探し物をするとき,試してみてください。私がこの頃する,なくしものというか,探し物のベスト3は,メガネ,免許証,携帯電話です。携帯電話が一番探しやすい(でもとんでもないところで音がします)。

  • #2

    荻原 欒 (木曜日, 28 11月 2013 22:45)


     マーク・ローランズというアメリカ人の哲学教授がいて,以前に『哲学者とオオカミ』というのが,ベストセラーになり,翻訳もされました。これは,私など文弱の徒は圧倒される本で,家で,オオカミを飼い,運動のために一緒に野山を駆け回る,そしてその過程の中で,哲学の問題を考える,というようなことでした。今度は『哲学者が走る』というのが出て,最近翻訳されました(ともに白水社刊)。そちらを私は読んでいませんが,11月17日の朝日新聞の書評欄に取り上げられていました。以下では,ローランズではなく,その書評欄の記事に,触発されて,ちょっと述べておきます。

     書評子は,作家の角幡唯介氏で,この本の主張するのは,「人生には何かのためではない内在的な意味がある。それと同様,走ることにもそれ自体に意味があり,・・・」であるとします。そして,「印象的だったのは,トルストイが『懺悔』で書いたという心の動揺だ。財産があるからといってどうした? 有名になったからといってどうなる? 子孫の幸福を願うのはなぜだ? この三つの質問に答えられない限り生きていくことはできないはずだ。そのことに文豪は動揺した。この動揺は,生きることの究極の意味はどこにあるかという本書のテーマに直結する。・・・」と述べています。ここでの私の興味は,このトルストイの見解です。

     トルストイはその著『懺悔』で言っています。知識人と呼ばれる階層の人々は,自分はこの3つの問に答える能力があり,またそれに答えるのが自分の仕事だとし,うぬぼれて,あるいは,見えを張って,人々に,これが正解だというものを説く。しかし,真摯に反省してみると,この問は,実在的にも(科学によっても),理性的にも(哲学によっても)答えられないもの,あるいは,そもそも答えがないものではないか。トルストイは,そのことに気付いて,それ以来,もしそうであるとすれば,人生には「目的がない,意味がない」,「そもそも人生は無である」ことになるとして,そのことに深く絶望して,それならば,人は自殺すべきではないかとまで,思いつめます。

     しかし,その後,そういった状況にあっても,大衆は,額に汗して働く民衆は,だれも,自殺などせずに,過度に悩みもせず,考えすぎもせずに,楽しいことも,苦るしいことも含めて,現に生きているではないか。誇大に悩んだふりをし,考える真似をし,正解がないのにかかわらず,これが正解だとして,大衆を導こうとするのは,いわば知識人だけではないか。そして,大衆が,このように,泰然と生きていっているについては,その底に,素朴に,何かを信じること,つまり信仰があって,すべてがそこから出発しているからではないか。知識人は,直接に信仰に触れることなく,その信仰が嘘であるか本当であるかなどという,いわば浮ついた,理性的な反省,吟味ばかりしている。信仰とは,そういう過程を飛ばしたところに成立するから,まさに信仰なのである。つまり,大衆の考え方の中には,人生の外に何かを定立して(それが知識人の役割とされる),そのために生きるというのでなく,「生きるために生きるという等式」(これはトートロジーで無内容であるが,内在的な意味とも言える)があるのではないか。かく,公認のキリスト教信仰でもなく,哲学でもなく,そういう意味での信仰を得て,彼は立ち直ったわけです。

     でも,私は,ここでそういう信仰論議をしようというのではありません。上のトルストイを動揺させた3つの内容は,下世話に言えば,生きる目的,人生の意味は,財産(を得ること),名誉(を得ること),血縁(を特別なものとすること)の他には見いだせない,逆に言えば,私たちの人生は,この3つによって成り立っているに過ぎない,ということです。(そしてさらに,この3つに尽きているというのも深い考察です。)そして,ちょっと反省してみればわかりますが,まさにその通りなのです。この3つの他に,人生に意味を与えるものは見つかりません。そこを考えてみたいのです

     財産とはつまるところ貨幣です。貨幣があれば,この人生において,あらゆる欲望がかなえられます。つまり,幸せになれるということです。財産は幸せになることの十分条件である,その意味で,人生に意味を与えるものということになります。そのことは,もし,財産が無意味なものとなれば,生きる意欲が湧かないであろうということから,推定できます。

     でも,世の中には,お金はいらない,金にならないことの方に人生の楽しみ,意味を見出すのだという人もいます。その時には,そこに,金に代わって,名誉というものが考えられています。名誉とは,現在,あるいは,将来において,自分の属する集団(共同体)の中で,褒められる,認められる,記憶される,そういうことです(あの人は,人のために無償で尽くした,天才であった,人格者であった,など言われることです)。これがあれば,金以外に,人生に意味を見いだせる,ということになります。

     このようにして,金と名誉が人生に意味を与えるものだと,とりあえず言えます。逆に,金を否定し,名誉を否定した人生とは,自分にとって何でしょうか。人生が成り立つのでしょうか。生きることのインセンティヴが存在するでしょうか。金や名誉を超えた,切実なものは,この世に存在しないのでしょう。そうしたものがあったとして,それが見つかれば,人生の意味付けは,また変わってくるのですが。見つけたとすれば,その発見は,ノーベル賞を超えるものです。

     第三の,「子孫の幸福」ですが,これは,上記と少し視点が違うかもしれません。トルストイの本には「私および私の家族がなるべく幸福になるような生き方をしなければならぬ」とあります。私が幸福になる生き方というのは分かります。それは財産と名誉の獲得です。そこまではよいのですが,問題は私の家族というところです。なんで,差別的に自分の血縁を大事にすることが,人生の意味になるのかです。でも実際には,そうなっています。分かりやすい下世話な例を出しましょう。遺産相続という制度です。生前に財を成したとしましょう。その財がその人のものであるというのはよしとします(私有財産は認めます)。しかし,死後,なぜその財が血縁に譲られるのが正当とされ,あるいは,人はその財を子孫にのみ譲ろうとするのでしょうか。すべて財産は,死後は,国庫に没収させるというのも,一つの財産処理のやり方なのです。でもそれはみとめられない。第一に,そうしたとしたら,人々に,財を成そうという意欲,つまり,働こうという意欲が,急速になくなってしまうでしょう。なぜか知らないけれども,人は,子孫のために働くのです。現実には,財産を子孫に与えることが(血族という特定の対象にのみ与えることが),働くことの(生きることの,人生の)インセンティヴになっているのです。

     以上の通りだとすれば,人生とは何かは簡単で,金を得ること,名誉を得ること,子孫の幸福を図ること,そのどれかだということになります。そしてトルストイのように,金を得たからといって,名誉を得たからといって,子孫が繁栄したからといって,それが何なんだ,ということになると(特に個体として死んでしまったあとでは何なんだとなると),それはそれでその通りで,その後は,並列する第四の選択肢を探すか,それがないとすれば,絶望するか,あるいは,攻め方を変える(パラダイムを変える)か,ということになります。トルストイは,最終的には,パラダイム変換の道をとったわけです。多分これしかないでしょうし,私にとっても,パラダイムを変えるというのが,知的に,もっとも興味深い道筋なのです。
    この先は,またいずれ書きます。

     最後に,参考までに,トルストイを引いておきましょう。
    「・・・突然,次のような疑問が起こって来るのだった。<よろしい,お前はサマーラ県に六千デシャチーナの土地と,三百頭の馬を持っている。が,それがどうしたというんだ?>そして私はしどろもどろになってしまって,それから先何を考えてよいのか,わからなくなるのだ。またある時は,子供たちを自分はどういう具合に教育しているかということを考えているうちに,<何のために?>こう自分にいうのであった。それからさらに,どんなにしたら民衆に幸福を獲得させることができるだろうということを考察しているうちに,<だが俺にそれが何のかかわりがある?>突然こう自問せざるを得なくなった。また,私の著作が私にもたらす名声について考える時には,こう自分に向かって反問せざるを得なくなった。<よろしい,お前は,ゴーゴリや,プーシキンや,シェークスピアや,モリエールや,その他,世界のあらゆる作家よりも素晴らしい名声を得るかもしれない。―が,それがどうしたというんだ?>それに対して私は何一つ答えることができなかった。この疑問は悠々と答えを待ってなどいない。すぐに解答しなければならぬ。答えがなければ,生きていくことができないのだ。しかし答えはないのだった。
    自分の立っている地盤が目茶々々になったような気持がした。そして,立つべき何物もないような気持がした。今まで生きて来た生活の根底が,もはやなくなってしまったような気持がした。今や自分には,生きていくべき何物もないような気持がした。」
      (トルストイ『懺悔』,原久一郎訳,岩波文庫,p26)

  • #3

    荻原 欒 (水曜日, 18 12月 2013 22:08)


    先週,14日の土曜日は,2つの会合をこなしました。

    まず,40数年前に私が高校に勤めていたときの生徒であったS君(女性)は,久しく,朗読,読み聞かせ,というような活動と勉強を続けているのですが,その所属する朗読の会「葦笛」の発表会が,川崎駅そばの「ミューザ川崎」交流ホールで2時からあり,これに参加しました。彼女は,斎藤隆介の「モチモチの木」を読ましたが,長く訓練を受けてきているので滑舌がはっきりしており,学校などでの読み聞かせの実践をへて,なかなかに達者で,聴かせました。

    併せて,朗読ということについて,改めて,気づかされました。① 今,テレビ,映画,漫画,動画など,圧倒的に映像的な表現が優勢で,その中にどっぷりつかっていますが,それに対して,一方に,言語を介しての表現,認識があるわけです。読書,そして,そこから派生するものとしても朗読は,後者ですが,こちらは,直接に像がそこに与えられていないだけに,想像,思考を通した自由度があり,内面に向かう深いものがあり,創造性があります。② 話芸の一ジャンルとして朗読ですが,もらったプログラムに,「作品の味,表現の味,作者の味,を読み,楽しむ会」とあった通り,目をつむって聞いていると,そういった味わいとともに,話者の技量がまた聴きどころで,興味深いものです。徳川夢声,中西龍,森繁久弥,などの芸に連なるものです。

    ついでに面白かったのは,発表者のみなさんが,登場してマイクの前に座ると,一様に,まず,懐から,メガネを出してかける。そういうことです。

    その後,川越市にもどり,私が勤めていた大学の近くのなじみの店で,卒業生三人と,その縁で知り合った近隣の住人お二人,という奇妙なメンバーで,今年の忘年会をやりました。毎年やっているのですがこの日は,昨今の世情を反映してか政治ネタが話題にされ,いろいろ話が出たのですが,圧倒的なのは,次のことでした。

    このメンバーの中に,福島の原発地の出身の卒業生K君がいて,彼の両親は,そちらにおり,K君もしばしば帰郷し,そちらの新聞,放送情報を承知しているのですが(こちらとはかなり内容が違う),彼が言うのに,結局,この問題の最終的解決には,原発の周辺,かなりの地域を,チェルノブイリのように,囲い込んで入れないようにする,こうせざるを得ないだろう。解決策はその方向しかなく,住民感情も,進展のない状況の中で,そのように提案されれば,結局は,段々その方向にあきらめることになるのではないか。その気配はある(政権はそのタイミングをみているのでしょう)。ただ,その際は,そうであっても,① いつものように,なし崩しに,補償と,口先で,ごまかすのではなく,原発事故というものの実体を隠さずに明らかにし,とんでもない事柄であった,大失敗であったと,認めた上ででなければならない。(ということは,責任の所在がはっきりするということでもある)。福島の一部を廃地にして葬ったうえで,まさか,他の地区で,原発を継続することはできないであろう,この二つは両立しない,そういった選択肢はない。② この福島の一部地域の廃地処分は,今後の日本社会の向かうべき方向,今後のビジョンが先にあった上で,その中で,意味づけられなければならない。日本のあるべき姿が提示されて,その中で,認められるとすれば認められることである。そうでないと,単なる都合の悪いものの切り捨て,当事者以外の国民の利益を守るためのご都合主義ということになり,これではいつものパターンであり,軍事基地における沖縄の扱いと,同じになる。以上が,K君の見解に,私の解釈を強く加えた解説である。

    このことのみならず,一般論として,① つらい,嫌のことがらでも,自分に都合の悪いことがらでも,ことがらの真相(現状)をオープンにすること,隠さないこと,そして,② 先の見通し(目的)を,示してその中で考えることが大切です。これが論理的に,合理的に,正統な解決法なのですが,今の日本の政治状況では(もちろん政権には)できないでしょう。それは,これまで,その場しのぎの,原因をはっきりさせない(原因がはっきりすることは責任の所在がはっきりすることである),なし崩しのやり方をやってきたからです(敗戦処理しかり)。(民主主義と言いながら)利害関係で政治をやってきたからです。自己の派に有利に事を運ぶには,現状と目的をはっきりさせないことが(すなわち,現状の真の姿と目的を隠し,国民を自派に都合よく誘導することが)が有利です。悪い意味に解釈した「倚らしむべし,知らしむべからず」の実践なのです(これは,いちいち説明しなくとも人々が納得してついてくるような政治を行え,あるいは,人格を磨け,ということでしょう)。

    原発の後始末を,結局は現地の福島に押し付けるというのは,基地の問題は沖縄に押し付けるというのと同じ構造の,いわば,福島の沖縄化といえます。そこに押し込めて,その後は見ないふりをして,それによって,その他の地域は,負荷をこうむることなく繁栄し,そして,そのことの言い訳のために,絆というような言葉あるいは感情をあおるというのが,これまでのやり口でした。原子爆弾や太平洋戦争は広島,長崎に封じ込め,基地や軍事同盟は沖縄に封じ込め,そして,原発,産業第一主義は福島に閉じ込め,かくして,ヒロシマ,ナガサキ,オキナワに続いて,福島もフクシマというカタカナ地域になるわけです。今回もそんなふうに進む予感がしますが,そうではなくて,こういった失敗を(失敗を認めると,すぐに,自虐だとさわぐ,一部勢力がありますが),ゴマ化すのではなく,新しい日本社会を作るきっかけにすべきだというのが,この前の敗戦や,今回の地震災害,原発事故(いわゆる3.11.)に隠された意味なのです。

    真相を隠す,責任を明確にしない,全体ビジョン(目的)の中に事柄を置いてものを理解しない,陳腐な感情論のなかに事柄を投げ込んで終わりにする,したがって解決策が場当たりなる,私もその通りとして,大いに納得したのです。

    一日の内に,2つの楽しい会合に出席した心地よい疲れと,因果関係はありませんが,次の日曜から,帯状疱疹を発病し,初期に発見したので大したことにはならないでしょが,今年初めて,病院に行きました。

  • #4

    荻原 欒 (土曜日, 28 12月 2013 23:23)


    知人からもらったメーリングリストに,あるブログからの引用で,「死を前にした人が語った後悔している20」というのが紹介されてありました。題目は大仰ですが,体系的な論考ではなく,いろんな人の感慨を,とりあえず20集めたものです。面白かったので,ここでも紹介しておきます。ちょうど年末ですから,「死ぬ前に」というような言い方から,ヴァージョンを下げて,「今までの人生において」とか,「今年を終えるに当たって」などとして,今後への反省,来る年への励みに考えてみたら,面白いかも知れません。

    ただ,どこが出どころか,調べてみましたら,「カラパイア」という会社のブログに出ていて,さらにそのもとは,海外のあるサイトのようです。以下は,カラパイアの人が日本語訳したものです。
    次のブログがもとで,そこには英文もついています。
    http://karapaia.livedoor.biz/archives/52145721.html 
     
                     ・・・・・・・・・・
    1.他人がどう思うかなんて、気にしなければよかった。
    他人は自分が思うほど自分のことを考えてはいない。そんなことばかり気にして無駄なエネルギーを使うのはもったいない。

    2.もっと幸せを噛みしめて生きればよかった。
    「幸せ」は自分でなんとかできる、心の持ちようであることに気づいたときは、もう遅すぎた。

    3.もっと他人のために尽くせばよかった。
    他の人のためになにかをすることは、人生をより意味のあるものにする。

    4.あんなにくよくよ悩まなければよかった。
    一歩離れて自分を笑い飛ばせれば、人生はより楽しくなる。

    5.もっと家族と一緒に時間を過ごせばよかった。
    仕事にかまけて、世界中を転々とし、家族に不満をもちながら年をとっていく人もいるが、優先すべきところが間違っていたと気づくだけだ。

    6.もっと人にやさしい言葉をかけてやればよかった。
    相手をちゃんと評価せず軽く見た結果は、たいていまずいことになるものだ。

    7.そんなに心配しなければよかった。
    日記をつけて記録をし、過去を振り返ってみたら、どうしてあのときあんなにやきもきしたのか不思議に思うだろう。

    8.もっと時間があったなら。
    年をとるにつれ時間がたつのが速く感じると言う人が多いが、子供の頃過ごした6週間の夏の休暇は、確かに永遠に続くような気がした。時間が加速度を増しているなら、一瞬一瞬を有意義に過ごすことがさらに大切だ。

    9.もっと冒険して、思い切って生きればよかった。
    なにを冒険だと感じるかは人によって違うが、ぬるま湯の人生を送っているときにそれには気が付かない。後になってみれば、人生で大胆にならなければいけなかった多くのチャンスを逃したと感じる人もいるだろう。

    10.もっと自分を大切にすればよかった。
    病気に苦しんだり、年をとってくると、若いうちにもっと健康的な食生活を送り、体を動かしてストレスをためずに生活しておけば、今とは違っただろうにと思うものだ。

    11.他人の言うことより、もっと自分の直観を信じればよかった。
    自分で決断し、その決断に自信をもてば、達成感が得られ、人生を楽しむことができる。自分の本心を裏切ると、怒りとやりきれなさを生むだけ。

    12.もっと旅に出ておけばよかった。
    旅は人間の心を大きく成長させる。いくつになろうが、子供がいようがいまいが、旅はできるものだ。しかし、お金がない、家のローンがある、子供が小さいな ど、旅に出ない多くの人たちはあらゆる理由をつけて自分に言い訳する。後悔して初めて、どんな状況でも旅は可能だったということを知るのだ。

    13.あんなにがむしゃらに働かなければよかった。
    ほどほどにしておけばよかったという願望はいつもあった。そして、出世してお金持ちになることは、必ずしも充実した人生とイコールではないと気づく。

    14.一瞬一瞬をもっと大切に生きればよかった。
    子供の成長を見ていると、人生は短く、いかに時間が貴重なものか痛感する。私たちは年をとるにつれ、次第に今この瞬間を大切に生きることができなくなっていく。

    15.子供たちに好きなことをさせてやればよかった。
    価値観や信念の違いでぶつかって、家族がバラバラにならないためにも、愛、思いやり、共感はとても大切だ。

    16.最後に言い争いなどしなければよかった。
    人生は短く、愛する人との最後の会話がいつになるかは誰にもわからない。その瞬間ことなど、人はたいてい考えていないものだから。

    17.自分の情熱に従えばよかった。
    安定した収入、つまらないけれど堅実な仕事、居心地のいい人生はなかなか捨て難い。でも、夢や生きがいを捨ててまで固執すべきことではないことに、死ぬ直前まで気が付かないものだ。

    18. 自分に正直に人と接すればよかった。
    もっとまわりを喜ばせれば人気者になれ、聞きわけがよければパートナーに誰かと駆け落ちされることもないと思いがちだ。年をとるにつれ世渡りがうまくなり、身の処し方がわかるようになるが、自分自身の幸せを犠牲にすることはない。

    19.あのとき、本音を言ってしまえばよかった。
      思い切って本音を言ってしまえば、後でほぞをかむ思いをすることはないだろうが、黙っていれば、後悔が一生心についてまわる。

    20.なにかひとつでも目標を達成すればよかった。
    オスカーをとる必要も、起業する必要も、マラソンを完走する必要もないが、どんな小さなことでもいい。目標をたて、それを達成することは重要だ。

                         ・・・・・・・・・・
    要するに,後悔ですから,こうしておけばよかったという,特に,自分の思う丈に生きておけばよかった,ということになるのですが,周辺の人びとや(同輩)や,これから生まれてくる人びとを配慮せざるを得ないというのが,我々の普通の生き様であって,そう思うとおりにできないのが浮世です。また,こういった配慮が,倫理とか,特に世代間倫理とか言われるものなのです。でも,できる範囲で,精一杯,後悔しないように生きたいものだと,今にして後悔もしています。当方老人として時に考えるのは,やらなかったことに対して「後悔」,やってしまったことについて「言い訳」ですが,万事あんまり深刻には考えないというのも,これまでの人生で獲得した智慧でもあります。

  • #5

    荻原 欒 (土曜日, 28 12月 2013 23:34)


    昨年の今頃ですが,「第12回シルバー川柳」入選作を,これも知人から,ネットで知らせてもらって,読んでたいへん愉快でした。シルバー川柳とは,「公益法人全国有料老人ホーム協会」主催で,毎年募集し,入選作を選定しているものです。臨終に当たっての後悔もよいですが,口直しに,こちらの今年の入選作を紹介しておきます。川柳は面白い。私は,今,朝日新聞をとっていますが,まず読むのが,西木空人選「朝日川柳」です。今日の第一句は「この次も死んでくれよと奉る」でした。以下,他人の褌ですが,どうぞ。

                   ・・・・・・・・・・
    「第13回シルバー川柳」入選発表
     第13回目となります「シルバー川柳」に、今年は13,872作品の応募をいただきました。各会員ホームの入居者約980名の投票をいただき、下記の20作品を入選作として選出しました。

    ■お医者様パソコン見ずにオレを診て
      佐藤 光紀(男/秋田県/74歳/農業)
    ■寝て練った良い句だったが朝忘れ
      久保 静雄(男/埼玉県/73歳/無職)
    ■「先寝るぞ」「安らかにね」と返す妻
      朝倉 道子(女/埼玉県/71歳/主婦)
    ■欲しかった自由と時間持て余す
      藤原 ノブ(女/岩手県/77歳/無職)
    ■お迎えは何時でも良いが今日は嫌
      千   両(ペンネーム)(女/神奈川県/84歳/無職)
    ■お迎へと言うなよケアの送迎車
      安永 富男(男/福岡県/84歳/無職)
    ■金貯めて使う頃には寝たっきり
      湯澤 力男(男/福島県/69歳/無職)
    ■欲しい物今じゃ優しさだけになり
      宮沢 淑子(女/大分県/74歳/主婦)
    ■骨が減り知人も減るが口減らず
      上川 康介(男/広島県/53歳/公務員)
    ■症状を言えば言う程薬増え
      須藤 貞子(女/奈良県/85歳/無職)
    ■孫が聞く膝が笑うとどんな声?
      飯田 芳子(女/埼玉県/59歳/無職)
    ■本性が出ると言うからボケられぬ
      阿部  浩(男/神奈川県/53歳/会社員)
    ■メイドカフェ?冥土もカフェがあるんかえ?
      竹村 友子(女/三重県/36歳/パート)
    ■ひ孫の名読めない書けない聞きとれない
      松本 俊彦(男/京都府/48歳/会社員)
    ■耳遠くオレオレ詐欺も困り果て
      岩間 康之(男/兵庫県/60歳/公務員)
    ■子は巣立ち夫は旅立ち今青春
      蓮見  博(男/栃木県/61歳/無職)
    ■検査あと妻のやさしさ気にかかり
      細野  理(男/岐阜県/63歳/自営業)
    ■白内障術後びっくりシミとシワ
      村川 清嗣(男/大阪府/71歳/無職)
    ■期限切れ犬にやらずにオレに出す
      足立 忠弘(男/東京都/74歳/無職)
    ■暑いのでリモコン入れるとテレビつく
      佐々木郁子(女/宮城県/75歳/無職)

    「第12回シルバー川柳」入選発表
     第12回目となります「シルバー川柳」に、ことしは9,353作品の応募をいただきました。各ホームの入居者1,237名の投票をいただき、20作品を入選作として選出しました。

    ■日帰りで行ってみたいな天国に
      斎 千代子(71歳/女性/宮城県/無職)
    ■延命は不要と書いて医者通い
      賣市 髙光(70歳/男性/宮城県/無職)
    ■紙とペン探してる間に句を忘れ
      山本 隆荘(73歳/男性/千葉県/無職)
    ■三時間待って病名「加齢です」
      大原志津子(65歳/女性/新潟県/無職)
    ■目覚ましのベルはまだかと起きて待つ
      山田 宏昌(71歳/男性/神奈川県/経営コンサルタント)
    ■起きたけど寝るまでとくに用もなし
      吉村 明宏(73歳/男性/埼玉県/無職)
    ■年重ねもう喰べられぬ豆の数
      乗鞍 澄子(88歳/女性/兵庫県/無職)
    ■躓いて何もない道振り返り
      山田  徹(44歳/男性/群馬県/会社員)
    ■二世帯を建てたが息子に嫁が来ぬ
      滝上 正雄(64歳/男性/神奈川県/会社員)
    ■改札を通れずよく見りゃ診察券
      津田 博子(46歳/女性/千葉県/主婦)
    ■遺影用笑い過ぎだと却下され
      神谷  泉(50歳/女性/愛知県/パート)
    ■味のない煮ものも嫁のおもいやり
      海老原順子(57歳/女性/茨城県/主婦)
    ■年金の扶養に入れたい犬と猫
      藤木 久光(68歳/男性/福岡県/無職)
    ■ガガよりもハデだぞウチのレディーババ
      葵  春樹(ペンネーム)(31歳/男性/千葉県/無職)
    ■女子会と言って出掛けるデイケアー
      中原 政人(74歳/男性/千葉県/無職)
    ■LED使い切るまで無い寿命
      佐々木義雄(78歳/男性/京都府/無職)
    ■おじいちゃん冥土の土産はどこで買う?
      角森 玲子(44歳/女性/島根県/自営業)
    ■忘れ物口で唱えて取りに行き
      角 佐智恵(77歳/女性/福岡県/無職)
    ■指一本スマホとオレをつかう妻
      髙橋多美子(51歳/女性/北海道/パート)
    ■アイドルの還暦を見て老を知る
      二瓶 博美(54歳/男性/福島県/無職)題材

    「公益法人全国有料老人ホーム協会」のホーームページ,そして,ポプラ社から本も出ています。

     皆さま,良い年をお迎えください。

  • #6

    荻原 欒 (金曜日, 10 1月 2014 17:04)


     正月も,概ね終わったようです。

     賀状の整理も,懐かしく感じながら済ませました。私は,今のところ,300枚弱の賀状を出したり,受け取ったりしますが(その中,100ぐらいが,教員として接した人たちです),このあたりが,私の継続的な人間関係の,総体ということになります。一般にノーテンキにも考えられているように,全人類が,同胞であったり,兄弟であったりするのではなく,高々その程度の数の人間的接触の範囲が,それぞれの人の生涯ということです。人類やグローバルなどといってしまうと,これらは普遍概念ですから,人は湯水のごとく無限に存在し,代わりはいくらでもあるから,個々は粗末にしてもよいとなりますが(もっとも湯水も有限です),現実,具体的には,一生においてそれなりに深く関わる他人は,1000人ぐらいのものではないでしょうか。周りに事物についても,限られたものです。私たちはきわめて狭い範囲で,生活している(生まれて死んでいく),そのことを考えれば,一つ一つ大事にしなければいけない,その密度は濃いということになります。

     今年もらった賀状のうちで,特に若い人に,紹介しておきたいのが,「ほがらか絵本畑」の三浦伸也さんからのものです(三浦さんのH.P.には,このH.P.のリンクから入れます,また,引用は,ご本人の許可は受けていませんが,許してください)。

     まず,年末にもらった,メールマガジンにこうありました。
    「今年の一年を振り返ろうと、スケジュール帳を読み返していましたが、よくもまあ、これだけ毎日、濃い日々を送れたものだと思います。毎日、出会いがあり、ドラマがありました。3日前のことが遠い昔に感じます。わずか3日の間に、さらに新たなドラマが生まれるからです。」
     そして,年賀状の添え書きに
    「ようやく向かうべき方向の照準が合ってきました」

     日常の濃さ,確実な照準,ともに,現実の,具体的な生活の中に生じている事柄です。変な野心が先にあって(経済的成長のような),その実現のために,己を捨ててがむしゃらに働かせるというような体制から離れて,出発点に,人間生活,日々の努力(や失敗)があって,その結果できてきたものがある,それを改良しつつ,先に進む,そういった経緯,具体性,実体性,それが,日々の濃さであり,照準が合ってきたという実感でしょう。私はそのように解釈します。ただ,そこに至るのに,三浦さんも,すでに,around fifty です(これも勝手に紹介しました)。時間がかかるのです。人生とは,継続的な経緯のことです。今ふうに,思いついたら何でもやってみて,失敗したら,リセットする(これを無責任と言います),この実体のなさ(何でもあり)では駄目です。と,三浦さんにエールを送るとともに,後進の若い人に,他人の文をだしに,私からのメッセージとします。

                      ・・・・・・・・・・

     ついでに,もう少し一般論をやっておけば,昨年の流行はアベノミックスということでした。今年はもうやめてほしいと,私は気に入らないのですが,何が気になるかと言えば,その,マーケティング的手法,広告代理店的手法です。口先で先に言っておいて実体をそれに合わさせよう,という手法,思考法です。そのために,いい雰囲気を演出しながら,耳触りのよい,内容のない言葉を(ということは誰も異論を唱えないような,抽象的な,無意味の言葉を),繰り返して言う(そして最後は,それ以外の言葉を他が発言しにくいような雰囲気,法制を作る),そういう,宣伝広告によく行われる手法(手口)です。これが浸透していくと,社会が,具体性のない,経緯のない(歴史のない),非実体的な,恣意的に作られたものに導かれてしまうわけです。

     このような手法を通して,アベノミックスが,達成しようとしている目標は何でしょうか。一つは,敗戦前のような,他国に対して強い発言力を持つ日本国の形成です(そのためには武力での優勢が必要になります,ただ,武力は,弱い相手には強いが,強い相手には弱い)。もう一つは,戦後一時期成功したような,成長経済です(ただ,市場的な経済成長は,何かを,どこかを,犠牲にすることによって成り立ちます,競争の下では,全部が勝つということはあり得ない,また当時から,景気は変動するということが大きなテーマだったわけです)。こういった目標が,今のところ,一部に受けていますが,問題は,昔の(失敗したような)ことがらを,根本的反省なしに,今度こそはとして,再登場させていることです。今日求められているのは,全く新しい発想,パラダイムの変換で(求められるイノベーションとは,究極的にはそういうことでなければなりません),それは,権力主義,市場主義そのものの変換なのです。

     今回の大震災,原発事故(3.11.)は,そのきっかけになり得るものでした。そして,その本質は,思い込みなしに言えば,自然災害,科学技術の不十分さでした。だから,そこで,身に染みて考えるべきは,自然は予測不可能な大きさを持つこと,しかも,我々はその中に生活せざるを得ないこと,そして科学技術の道具としての不完全さの自覚でした。そこからことは始まり得ます。にもかかわらず,実際には,被害だけを,感情に訴えて,マスメディア的に大仰に騒ぎ立ててしまったものだから,ことがらは逆に矮小化され,その方向で,今日収束されようとしています。

     今の時代の社会的な問題は,金融主義と市場主義がのさばっていることです。本来,金融(貨幣)も市場(貨幣を通しての価値の交換の場,システム)も,生活のための便宜,道具でした。その,便宜,道具である,金融,市場が,逆転して目的とされ,生活の方がそれらのための手段になってしまいました(金持ちになるために生きる,欲しいものを手に入れることを生きがいとして生きる)。この逆転が元に戻されなければなりません。そして,それは,金融や市場の運用の内部でのいわゆる(狭義の)イノベーションではなく,極端には,金融や市場の否定を含む,パラダイムにおける変換でなければ意味がありません。私は,金融や市場が不要だというのではありません。本来の,生活のための道具であったという位置を常に意識して運用せよ,根本は生活という実体にあると意識してことを行え,ということです。生活が,世にあるすべてのことがらの必要条件です。すべては生活を出発点として,生活あってのことがらであるということです。生活とは,生きることの持続であり,すべての出発点であり,その意味でも実体です。そういうふうに,考え方を変えなければなりません。

     金融とマーケティングについて,ついでに言えば,旧来の自民党は,金融的手法で(金権政治で),己の施策を実現しようとしました。あるところまで成功しました。今日のアベノミクスは,マーケティングの手法で目的に達しようとしています。しかし,先に述べたように,その目的は古いものの踏襲です。前と同じ(失敗の)繰り返しになる可能性がある。そして,マーケティングの手法に支配される生活というのは,そういった選択をすることは人々の自由だとしても,自分の生活が自分のものでないというつまらなさがあります。生活に戻れ,実体を見つめて生活せよ,今年その糸口が見えればと思います。

     後半に述べたような,社会についての一般論は,もう少しまとめて,近々に,ブログとしてアップしたいと思っています。そして,老人学の続きも。
     今年も,老人の無駄口にお付き合いください。


  • #7

    荻原 欒 (月曜日, 03 2月 2014 22:19)


     正月も終わってしまいましたが,私は元気で,午前,午後,夜と,原則として「きょうよう」に,勤しんでいます。ただし,午前の「きょ・う・よ・う」は,漢字で「今日用」(今日の用事),午後と夜のそれは,読書といささかの思考,執筆を軸にした,いわゆる「教養」です。「今日用」とは,最近人から教えてもらった言い方ですが,確かに人間生活にそういうものがあるわけで,「今日用」を,明日に廻したり,さぼると,閑民の老人生活でも,後でごちゃごちゃしてしまうのです。「今日用」とか「サンデー毎日」とかうまいことを言うものです。ことば遊びは面白い。

     このweb site ですが,1月の訪問者は146名でした。その中,半分は,私が編集上開いたものですが,それでも,日に,2,3名の方々に覗いていただいているわけで,全く眠っているわけではありません。それはそれで,励みとプレシャーになっています。書きたいテーマは常にいくつかあって,内容も漠然と固まってくるのですが,表現するとなると,それなりの経緯が必要で,今のランダムな頻度になってしまいます。

     新年の初めのころ,NHKのテレビ番組で,加島祥造氏と姜尚中氏の対談番組を見ました。少し古い話なので題名は忘れましたが,面白い内容でした。加島祥造氏は元横浜国大の英文学の教授であり,詩人,95年から単身で信州伊那谷に暮らし,老子の英訳本から老子を知り,93年には,老子の自由訳を『タオ―ヒア・ナウ』(パルコ出版)として,出版しています。旧来の漢学者による訳に比して,日常語で読みやすく,私なども,当時,興味深く読んだものでした。今は,老子のみならず,東西様々な古典が,日常語で,内容的にも言葉としても,専門家外にも読みやすく紹介されるようになりましたが,それはその分野の学問的な進歩によるのでしょう。例えば,今,一般に流布されている,『老子』の岩波文庫の新訳(蜂屋邦夫訳,2008年初版)など見ても,読みやすくなされています。

     話が横道にはずれますが,例えば,老子第二章は

     加島の自由訳では
    美しいと汚いは,別々にあるんじゃない。美しいいものは,汚いものがあるから,美しいと呼ばれるんだ。善悪だってそうさ。善は悪があるから,善と呼ばれる。悪が在るおかげで,善があるってわけさ。・・・だから,道の働きにつながる人は,知ったかぶって,美醜善悪を手軽くきめつけたりしない。ものの中にある自然のリズムに任せて,手出しをしない。すべてのものは生まれでて,千変万化して動いてゆくんだからね。このタオの,本当のリアリティを受け入れる時,人は,何かを造りあげても威張らない。成功しても,成果を自分のものにしない。自分のものだと主張しないから,かえって人から忘れられない。そして,誰もその人の成果を,奪い取ろうとしないんだ。

     蜂屋訳では,
    世の中の人々は,みな美しいものは美しいと思っているが,じつはそれは醜いものにほかならない。みな善いものは善いと思っているが,じつはそれは善くないものにほかならない。・・・そういうわけで,聖人は無為の立場に身をおき,言葉によらない教化を行う。万物の自生にまかせて作為を加えず,万物を生育しても所有はせず,恩沢を施しても見返りは求めず,万物の活動を成就させても,その功績に安住はしない。そもそも安住しないから,その功績はなくならない。

     姜尚中氏は,有名人ですが,数年前ミリオンセラー『悩む力』を書き(集英社新書),今また,『心の力』(集英社新書)というのが出ています。

     ついでに,この『悩む力』という表題には元祖があって,斎藤道雄著『悩む力―べテルの家の人びと』(みすず書房,2002)がそれで,その続編が『治りませんように―べテルの家のいま』(みすず書房,2010)です。べテルの家とは,北海道浦河町にある,統合失調症,アルコール中毒患者,ほか,病気や障害,生きづらさを持つ人々の共同生活の場として,古い教会の建物を足場に1978年に開設,以来発展してきた社会福祉法人で,日高昆布の通信販売,当事者研究と称する入所者による全体会議,幻聴を持つものによる幻聴発表大会などのユニークな取り組みが,知られています。後の本の帯に「ただ治そうとする生き方をやめ,病気の中で,それとともに生きることを受け入れるとき,病気は重い荷物から宝へと姿を変える。」とありますが,そういうことで,ともに面白い本です。

     テレビ対談の内容は,お二人とも,最近,自分にとってかけがえのない身近な人を亡くした。しばらく,茫然として,立ち上がれなかった。が,時が経って,加島氏は,alone, but not lonely という意味での,aloneの境地に至り,姜氏は,ことがらを,それに関わった自己を,真摯に,見つめ,受け入れることによって(悩む力)突き抜けようとしている,というようなことでした。

     それでよいのでしょうが,これらは,いかにも重い話しであり,またきたなというのが私の感想でした。思考の方向は,すべての人間的ことがらは,自己や心のもとに成り立っており,その自己や心は人生の中心に,重しとしてどっしりとある(あちこちに飛べまわるような,吹けば飛ぶような軽いものではあるはずがない)。良いことも悪いことも,そこにおいて納得されて,それによって解決されるのである,そういうことなのです。さらに言えば,(ここで問題にされている自己は,心と言い換えてもよいのでしょうが)万事の中心に,自己なり,心なりが,核として,実体として,場を占めている,人間である以上それは捨てることができない,だから,大切なのは,その実体である自己を,どのように,定義するか,解釈するか,どのようなものと承知するであって,それが,真実に人生を生きようとするならば,解かれなくてはならない最終的課題とされるのです。それについて,加島氏では,自分を alone というあり方の主体であると自覚することによって,姜氏においては,悩む主体としての自己,それを引き受けることによって,解決される,救われる,となります。姜氏は言っています。漱石の(また,M.ウェーバーの)唯一追求した問題は,自己とは何かであったと。これは,確かに,近代の教養の,中心的課題ではあったのです。

     もう一方,同じような方向(存在とは何か,自分とは何か)に,思索を進め,そのテーマで多方面の著作をものしたのが,池田晶子氏です。その著作『私とは何か』『魂とは何か』他で,次のように言います。(ただし,私にとっては,疲れる,近寄りたくない話題なのですが)。
    「(自分の墓碑銘を書くとして)それなら私はどうしよう。一生涯存在の謎を追い求め,表現しようともがいた物書きである。ならこんなのはどうだろう。<さて死んだのは誰なのか>」
    論理問題としては,レトリックとしては,秀逸なのですが,そこまでやらないでもいいじゃないか。

     そんな折,朝日新聞の紙面の端の小さな広告欄に,『「心いじり」の時代』(大森与利子著,雲母書房刊  2013.12.)というのが目につきました。広告をみた範囲で,「心いじり」というタームが気になったので,早速注文して,数日前に届きました。「もう<心理主義>,<市場原理>に振り回わされない!」というのが帯のコピーです。

     今日の世相では,一般に,人生なんて何でもありだ,イケイケでやって命尽きたら死ねばよい,という,ヤンキー精神の人も多いのですが,一方には,人にとって一番大切なのは,その内面であり,言い換えれば,自己であり,心であるとして,その方向に沈潜し,また他人にも,そう考えるように勧める(強要する)人々がいます。人の行動や,その人の価値を決めているのは,その人の内面であり,人の内面とは,自己や心のあり方である。したがって,自己や心の本質を捉え,それを知り,それをうまく操作できれば,万事は,倫理的にも,幸福という尺度においても,うまくいくというのです。そこでは,自己や心のマネジメントが根本的なことがらとなり,(それをもって人生とするのです),そこから,それに向かって,(批判的に言えば)心や自己を多方面から「いじる」といえる状況が生じます。いじるといっても,2つあり,己の問題として,真摯に取り組む,いわば善意の立場と,意図的に何か他の目的をもって(例えば,自分の利益のために)心いじりをするという,悪意の場合に分けられるかもしれません。

     そして,今日の社会状況では,すぐに,そのことのために市場が成立し,市場の中にことが取り込まれます。いわく,自分探し,自己啓発,心産業,セラピー産業,万人のクライエント化に絡む産業の発生です。そこに,市場マネジメントが成立し,人々はそれに洗脳され,従属して生きることになります。

     さらに,心いじりは,自分の内面に向かうだけではく,外に,他人にも向かいます。他人の自己,心を,自分と同じものにしよう,自分の思うように動かそう,ということです。そこから,心の多様性は許さない,内面的価値の一元化,社会の画一化,異質なものの排除(差別),いじめ,が出てきて,要するに,他人の心いじりです。

     こういった「心いじり」は,市場主義に取り込まれて,それによって,心に絡む,軽薄な,洗脳社会,マーケティング社会が作り上げられます。こういったことが可能になる根拠は,心や自己は,実体として,確実なものとして,厳然として存在する。人を動かすのは,環境や,社会ではなく,偶然や出来心ではなく,実体を伴うとされる,確固とした,内面性,精神である,心や自己こそが,人間そのものであるという,信仰,信念です。その根拠に立って,一方で,実務的には(軽薄には),心や自己のマネジメントがすべてだとなり,一方で,哲学的には(重くは),心とは何か,自己とは何かへの思索が人生そのものだとなります。そこに生じるのが「心いじり」ということです。

     概ねこういった主旨としてよいと思います。この本の著者はそこに,危うさとからくりを認め,その構造を分析することを,この書のテーマとしています。参考に,目次をあげておきましょう。

     第一章  日常化する「心いじり」 (自分探しという呪縛,合理化欲望と魔術思考)
     第二章  「心いじり」に群がる諸相 (教育いじりに群がる人々,新自由主義の心いじり)
     第三章  危機を煽る社会 (専門家依存を煽る社会,生活知の搾取)
     第四章  パターなリズムという陥穽 (パターナリズムと自己委譲,パターナリズムへの急進的逆襲)
     終章   心いじりの時代―そのさきへ (なぜ心いじりに群がるのか,癒しのストーリーに覆われる社会,      不知の自覚,心いじりを

                       (掲示板は字数の制限がありますから,次に(#8に)続きます。)

  • #8

    荻原 欒 (月曜日, 03 2月 2014 22:44)


    (承前) <#7>の続きです。

     正月は,もう一つ,私的な小さな読書会で,『なめらかな社会とその敵』(鈴木健著,勁草書房,2013.1.)を読みました。

     著者は,この世界を,構造として,「核」と「膜」と「網」から構成されているものとして理解しようとします。「膜」とは,そこにある世界に対しての,区分け,線引き,囲い込みであり,それによってその世界が具体的にどのようなものか,決まってきます。分かりやすくは,私たちの周辺の,諸概念の成立といってよいでしょう。その膜の内側には,「核」と呼ばれる膜を作り出す,膜に付属する,膜の外に出ることのない確定した領域があり,一般には,その核によって,膜がそのようなものとして固定的に成立するとされます。核は膜を成立させる,原因,根拠です。そのうえで,その膜は孤立したものとして成立しているのではなく,膜どうしのネットワークがそこには成立しており,それが「網」と呼ばれ,網は,膜からなるネットワークそのものとして,世界全体のことだとなります。

     私たちは,一般には,核によって膜が成立する(核の特性に従って膜の形,線引きのあり方が必然的に決まる),そして,単に膜の集合として網が成立するとして,核→膜→網(世界)という,世界についての構成主義をとります。核が原因で膜ができ,膜の集合が網を成す,というわけです。核が固定化され,核を原因として膜を固定化して(概念の実体化),それらの全体(集合)として,世界を理解していきます。膜によって本来複雑である世界の単純化がなされ,そこにさらに,核→膜→網(世界)と進む,固定された因果系列(その具体化された内容が法則です)があって,世界が成立する。そして,膜(概念)と法則が固定されることによって,確定された世界が成立する。これが,人間生活をする上で,便宜上,効率上,認知上,せざるをえない図式なのです。基本的には,核と法則が固定されれば,世界もまた(膜も網も)固定されたものになります。そこでは,世界とは何かは,分析的に,因果的に探求されるべき事柄になります。(しかし,「複雑な世界を複雑なまま生きることはできないか」というのが著者の出発にあたっての問題意識です)。

     著者の言う「なめらか」とは,そういった,世界を固定化する通常の考え方に反して,本来,膜は(線引きは)作り物であり,可変的であって,固定的,実体的ではないという主張です。

     それを言うために,まず,核というものは,固定的には存在しない,とします。その理由は,一般には,核が膜のあり方を決める原因として存在するとされますが,そうではない。一般に思われているのとは違って,原因が結果を決めるのではなく,原因というものは結果が成立したうえで,その結果の成り立ちを説明するのに便利な道具として措定されたものなのだ,というのです。膜は,核によって一義的に決められるものではない。それでは膜は何によって確定されるのでしょうか。それは,膜のネットワークである網の構成要素であることによってです。網のあり方(ネットワーク)によって膜のあり方が決まる。(ただここで,網は,膜のネットワーク以上のものではなくて,膜より先に実体的に存在し,膜のあり方を因果的に決定するものではありません。そうではなくて,膜とは膜のネットワークのもとに存在するものなのです。極端に言えば,膜とは,膜のネットワーク,すなわち,世界全体のことである。)このようにして,核も,網も,膜を因果的に成立させるものとして実体的には存在せず,したがって,膜は,因果的な根拠のない作られたものとして,非固定的,可変的,つまり,やわらかであるとなります(これは,膜は,作られたものとしてあるということです)。それに従って,網も(世界も)本来やわらかなものとしてある(原因なく結果としてのみある,作られたものとしてある)ということになります。

     かくして,膜のあり方を決める,必然的な要因は内にも外にもありませんから,膜は,結果としてそこにあるだけのものであって,それは変わり得るもの(任意のもの,仮設)であり,したがって,実体による因果的根拠のない,加工品,作り物です。それがやわらかいということです。この世界は,そういった作り物が変化しながら,流れていく全体です。これまでは,要素が固定されてあり,それに唯一な,固定された(真とされる)法則(原因・結果の必然性)が働き,世界は構成される,とされてきましたが,ここでは,,要素に,固定された実体性はない,世界に,必然的な法則もない,世界は,構成的でない,分析的でない,そういうことになります。著者はこういう全体を生命と呼びますが,基本的にはオートポイエーシス由来の考え方ということです。

     ここでやわらかさとして主張されているのは,繰り返せば,第一に,膜は全体のネットワークにおいてあり(ネットワークによって因果的に決定されるというのではなく),第二に,膜には,事前に膜のあり方を決めるものとしての核はない,したがって,膜は,固定された実体ではなく,やわらかなものであり,それによって,世界全体も,したがって,社会も,やわらかいものとして理解される,ということです。

     著者は,さらに,現今の社会の中で,固定されてある膜の代表として(この社会を構成している基本的な社会的概念として),貨幣(資源の交換システム),投票(集団の意思決定システム),法(社会契約),軍事(国家)を取り上げ,それらのシステム(膜)が,多く,固定されて理解されているところに,今日の問題があり,それらをやわらかいシステムとして再構築しようと説きます。

     そして,その際,そのように進めるならば,世界,社会が成り立っているについては,それらの基礎として,個人,自我,自己,心,という膜(概念)が重要な役割をしていることが当然の話題になりますが,これらも,通常は,実体として,固定されて理解されています。しかし,上記の論理に従えば,自我は,膜の一つであり,自我(自己,心)にも核は(例えば,生命とか,主観性とか,主体性とか,自由意思,というようなものがそれにあたるのでしょうが)ありませんから,自我の形は一義的には決まっていないことになり,さらに一方では,膜としての自我は,全体というネットワークの中で構成されるものですから,作られたものとして,可能的にはいかようにもなり得ることになります。それが,やわらかい自我,やわらかい心です。自我という膜が,区分けが,可変的になるのです。

     そうすると,やわらかい自我,心は,一般に理解された,自我,心と全く違ったものになります。例えば自我そのものの一貫性は幻想であり,自由意思は事前には存在しない,自己は内的に矛盾していて構わない,そうなります。ということは,例えば,倫理的な価値観においてすら,今日の自己と,明日の自己が違ったものであり得る,今日の意見が明日変わって何の差支えもない(別に変ったのではなく,自我とはそういうものなのです)。あることを,半分は悪であり,半分は善であると分裂して思ってよい(思うのではなく,自我とはそういうものなのです)。 一貫性とか,無矛盾とかいうことについて,自我はこだわらなくてよいのです。分かりやすく言えば,その時その時で,自我を,(世界,あるいは,生命持続のための)いわば道具として作り出していけばよい,そういうことになります。このように自我観が変われば,それに従って,様々な社会組織のあり方も違ってきます。

     著者は,「核→膜→網」と因果的,集合的に構成される固定された世界を否定し,膜をやわらかいものとすることによって,核のない,全体が網(ネットワーク)として理解される,やわらかな世界(社会)を構想します。そして,それによって,「動的でアドホックで境界が明確でない社会」「複雑な世界を複雑なまま生きる」ことを目指します。要点は,固定された要素と法則から出発し,それからの構成として世界を考えるのではなく,結果である全体のほうから出発し,その全体を自由に区分けして,膜や核が(概念や要素が)(道具として)作り出されていく,その有り方が世界だということになります。したがって,その世界は,従前の物理的構成的世界と違って,オートポイエーシス的な,生命的な世界であることになります。自己や,心については,それらを要素や因果性から構成的に考えるのではなく,全体の中で自己を考えていく,要素,あるいは,核なるものが,自己なのではなく,自己とは全体である,という考え方なのです(ちなみに「天地一杯の自己」といったのは沢木興道老師です)。

     以上が要約です。

                (掲示板は字数の制限がありますから,また,この続きは,次に(#9)送ります。)

  • #9

    荻原 欒 (月曜日, 03 2月 2014 23:06)


    (承前)#8の続きです。
     
     それでは,この手の問題に対する,私の見解ですが,私はかつて,障害者雇用促進協会の月刊の冊子『働く広場』に,『心についての六章』という題でエッセーを6回に分けて書いたことがあります(1989)。
     そこで次のように述べました。
    「実は,心も自分も,裸の王様のあの衣装ではないのか。本当はそこにないのに,ないとは誰も言いにくいのである。」
    「私が言いたかったのは,心という先立つものを立てて,それに縛られてそちらの方から,与えられた現実を考えるという思考法を転換して,与えられた現実の生活の中で,その中で生じたものとして心を自由に考えるというやり方をしたいということだった。
    心は現実の中で,生活の中で時に応じて,後から作り出されたものである。生活のための道具である。道具だから上手に利用し,必要がなくなったら使うのを止め,別な道具に変えればよい。先からあって唯一とされる心に振り回されることなく(如何に我々は心に振り回されていることか),心を上手に調教し,心とうまく付き合い,心を軽く遊ばせる,これが肝要なのではないか。」

     興味ある方は,このサイトで,「古い倉庫」→「随想,他」→「心についての六章」と開けて,ご覧下さい。

     さらに,思想史的に,自我というものが,どういう役割,本質を持つものであるか,そして,自我をこう理解すべきだという私の見解を,『東京国際大学紀要』に「近代的自我の挫折―自我と社会―」「もう一つの自我観―近代的自我に抗して―」と題して書きました(2009)。
     
     これもこのサイトで,「古い倉庫」→「紀要論文」→「近代的自我の挫折」,「もう一つの自我観」と開いて閲覧できます。興味ある方はどうぞ。

     最後に,読み物的な意味で,大方の参考になるかも知れないと思って,上記『心についての六章』から「その5」にあたる文章を,引用しておきます。
                        ・・・・・・
     人間は日々,どのような態度で生きるのが最も望ましいのだろうか。前に言及したことのあるS.I.ハヤカワは,心理学者のC,ロジャース,A.マズローと参照しながら,つぎの三つの項目を挙げている。私の解釈も加えて紹介してみよう。
     Ⅰ 自分を取り巻く環境,社会に必ずしも順応していないが,かといってかたくなに反抗もしていない。ややもすると行政(お上)や教師(先生)は,環境への適応,つまり社会や周囲の目指すものに各自の目標を一致させることが人間の幸せであると説く。しかし無理して合わせればゆがみもできるし,また新しいものは何も出てこないのである。そこで「社会の一部ではあるが,社会のとりこになっていない」,あるいは,マズローの言う「この慣習に従う態度は彼の肩に軽くかかっていて,簡単に脱ぎ捨てられる外套のようなものである」という生き方が望ましいものになる。「とらわれない」ということである。
     Ⅱ 自分の経験を自ら素直に受け入れる。自分にとって都合の悪い感情でもすべて認知できることである。大人であるのに何かを怖がった,ひそかにずるいことをした,そういった時,そういう自分は認めたくないものである。見なかったふりをしたり,うまい言い訳を考えて,なかったことにするのである。認めてしまうと,それまで抱いていた自己のイメージを改変しなければならなくなる。かたくなさに対して,「素直」ということである。
     Ⅲ 未知のもの,あいまいなものを嫌がらず,怖れない。通常,未知,あいまいは,マイナスの価値を持つ。したがってそれらに対しては無視したり,否定したり,簡単に割り切って既知のものにして安心したりする。しかし,我々の周辺は,未知,あいまいさに満ちているし,それを取り去ることは不可能である。既知のことがらは,未知の大海の片隅の泡の一掴みに過ぎない。未知,あいまいさの承認,つまり人間が自由にできない領域の承認,これは「謙虚」ということである。
    確かに,とらわれなく,素直に,謙虚に生きることができたら,我々の人生はよほど軽快なものになるだろう。だが,これが難しい。そして実は,この難しさの原因は,心への誤解,心への気兼ねにあるのではないだろうか。
     まず,心ととらわれのなさは両立しない。通常,人が何かを行うのは心に従ってだと考えられている。心は人の行動に対して指令である。指令による命令が,上着を脱ぎ,そしてまた着るような気楽なものであってはまずい。
     さらに心は素直さとも両立しない。心は完結した全体であるとされている。素直さに従って,自分を否定するような新しい経験を受け入れることは,心を改変することになる。完全なものに改変はおかしい。
    未知を認めることは心の否定である。なぜなら,心に期待されるものは,現実には実現していないとしても,原理的には,すべてを知り,先のできごとまで見通していることである。
     このようにして「心の存在」が,「とらわれのないこと,素直であること,謙虚であること」と両立せず,にもかかわらず,我々はそのように生きることを望むなら,その時,我々は心の方を捨てなければならない。逆に言えば,心を捨てれば,こうした生き方の世界が現れてくるのである。心を事前に立てずに,心に気兼ねせず,心に負い目を持たずにやれば,そういう世界が開けてくるのである。
     無心とはこういうことではないだろうか。

    (ハヤカワのこの見解は,いくつかの論文をまとめて編んだ翻訳書,四宮満訳『言語と思考<シンボル・人間・社会>』(南雲堂,1972)によりますが,この本は,一般意味論の紹介として,優れたものだと思います。ただし,新刊としては,絶版になっています。) 

  • #10

    荻原 欒 (土曜日, 08 2月 2014 18:08)


     高校の同級生の親しい友人Y君が,わざわざ,ハガキをくれて,ヘンリー.S.ストークス著『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書,2013.12)を読むように勧めて来ました。それで早速読みました。

     著者は,1938年生まれの英国人で,特派員として,50年にわたり滞日,当時の三島由紀夫と親しい交流があり,フィナンシャルタイムズ,ザ・タイムズ,ニューヨークタイムズの東京支局長を務めました。

     内容は,南京大虐殺や韓国慰安婦問題は事実として存在しない,謀略である。東京軍事裁判は戦勝国の意趣返しであり,裁判としての正当性がない。大東亜戦争はアジアの解放戦争であって日本の侵略戦争ではない(当時日本はアジアの光であった)。そして,生前の三島由紀夫との交流から,三島の自決の意味と主張,すなわち,(天皇を現人神であるとする天皇中心の)国体の護持,そのために命を懸けることの尊さ(往時の特攻隊員への共感,三島の決意),反共,国防精神,日本の伝統文化への慈しみ(あわせて,日本人,日本の国体,日本文化は,他に対して優れたものであること)への共感を述べています。

     これは,言ってしまえば,今日の日本の右派の標準的主張ですが,それが,ここには,極めて分かりやすく,要領よく,網羅的に述べられているのです(だから,昨今話題になった,NHKの経営委員である百田氏や,長谷川氏の発言も,この範囲内で抑えられます)。この分かりやすさが,Y君が,わざわざ推薦してきてくれた理由でしょう。同時に,イギリス人である,特派員である著者が,ここまで,日本に入れ込んでよいのかなと思ったりします。

     小泉元首相の演説は分かりやすいと言われます。それは,ことを二つに分けて,これとあれに,白か黒に分けて,二元論のもとに話すからです。ことがらをなんでも二つに分けて,理解させたり,理解するのは,ミスリーディングだという批判もあるのですが,そうはいっても,二元論は,極めて有効な論理ではあります。分かりやすいし,そこから次に進めやすいという発展性を持ちます。

     ここで上記を右派の標準的主張と言いました。すると左派があり得るわけです。それでは左派に当たる主張はどのようなものでしょうか。連想ゲーム的に,いくつかすぐに思い浮かびます。二元論,二分法を(道具として)採用することによって,こういうふうに思考の展開が可能になるのです。ただここに落とし穴があって,二元論は,ややもすると,勝つか負けるかの(これも二元論)勝負の問題に行ってしまうことです。自分を一方とし,他方に勝つことが目的とされてしまう。先入観にとらわれてというか,意地と名誉の張合いというか。それでは停滞と対決だけあって,発展がありあません。

     上の問題については,私は少なくとも右派ではないのですが,それでは左派の主張はどのようなものになるのでしょうか(ここでの右派左派は国家問題,外交問題に限定されていますが,これは,もっと広い問題意識のうちの一部にすぎません)。それは,今回はおいておきます。

     その前に,私も,定年退職して3年弱,それなりの時間の余裕を得て,私たちの生活のあり方(政治,経済,社会,文化,・・・)について,新聞,雑誌,単行本,テレビ,ラジオ他,メディアの論調を見てきました。その論調はいろいろですが,今思うのは,それらが,結局,2つの大きな流れに収れんしてきているということです。そして,その大きな流れを正確にイメージし,それぞれのよって立つ原理,根拠を確定することによって,ことは先に進みやすいのではないかということです。例えば,歴史的には,旧来,国家主義対市民主義,資本主義対社会主義,・・・などの対立軸が言われてきました。実際,それらは,その時代を説明するキーワードであり,あるいは,人々の行動を決める理念でもありました。しかし,それらは,さすがに今日の時代には有効には通用しません(通用すると思っている保守派もまだいますが)。新しい,発展的な(小泉流には,分かりやすい,喧嘩しやすい)対決軸は何か。多少は見えてきているのですが,そちらは,近々に論じてみたいと思っています。あるいはこの閉塞の時代,根本的な対立軸を示すことが,肝要と思うのです。

  • #11

    山口 正 (月曜日, 17 2月 2014 11:02)

    今年に入っての記事を読みました。広い範囲の日常問題を深く切り分けたメスさばきに同感するところ大でした。高齢になったトルストイの人生論は特に…。他人の作品ですが、老人川柳には思わず笑い声が勝手に出ました。秀逸ですねえ。お元気で。

  • #12

    荻原 欒 (水曜日, 19 2月 2014 20:38)

     
     #11の山口正さんは,私と同じ大学の出身,同じ専攻の先輩です。長年出版社に勤務し,かつて,『石橋湛山全集』の編集に携わり,数年前に,湛山全集の補巻の刊行を終えたところです。したがって,湛山研究の第一人者であり,私は,山口さんに,触発されて,教わりながら,湛山の社会思想に接しました。特に,私としては,湛山の日蓮宗の僧侶としての仏教思想(法華信仰),そして,若いころ早稲田大学の学生として田中王堂(日本にプラグマティズムを輸入した)に学んだプラグマティズム思想が,評論活動における経済,政治,社会思想と,相互にどう関係し,どう統一されているかに興味を持ちます。というのは,私自身が,プラグマティズムと関連が深い分析哲学を学び,仏教思想をかじり(この両者は,一般的には結び付かないものとされてきました),そして,昨今特に,人間生活,社会のあり方に関心を持つからです。

     山口さんは,この掲示板が,最近,私の長広舌に占められ,読者がゼロではないかと心配して,エールを送ってくれたものと思います。ありがとうございました。

     以下,湛山について,少し述べます。今日の我が国の社会状況と関連して,示唆的なのが,その「大日本主義」批判です。湛山は,大正10年の「大日本主義の幻想」(『東洋経済新報』社説)で次のように言います。

                         ・・・・・・
     朝鮮・台湾・樺太も捨てる覚悟をしろ,支那や,シベリヤに対する干渉は,勿論やめろ。これ実に太平洋会議策の根本なりという,吾輩の議論(前号で述べた如き)に反対するものは,多分次の二点を挙げてくるだろう。
    一,わが国はこれらの場所を,しっかりと押さえて於かなければ,経済的に,また国防的に自立することができない。少なくとも,そを脅かさるる虞れがある。
    二,列強はいずれも海外に広大な植民地を有しておる。しからざれば米国の如くその国自らが広大である。而して彼らはその広大にして天産豊かなる土地に障壁を設けて,他国民の入るを許さない。この事実の前に立って,日本独り,海外の領土または勢力範囲を捨てよというは不公平である。
    吾輩はこの二つの駁論に対しては,次の如く考える。第一点は,幻想である。第二点は小欲に因えられ,大欲を遂げるの途を知らざるものであると。

     大日本主義,即ち日本本土以外に,領土もしくは勢力範囲を拡張せんとする政策が,経済上,軍事上,価値なこことは,前号にほぼこれを述べた。しかし世の中には,以上の議論をもってしても,なお吾輩の説に承服せぬものがあるであろう。彼らはけだし明白な理屈もなく,打算もなく,ただなんとなしに国土の膨張に憧がるるものである

     吾輩が我が国に,大日本主義を捨てよと勧むるは決して小日本の国土にキョクセキ(天は高いのに背中を丸く曲げて縮め,地は広いのに抜き足で歩く意味,気兼ね―注)せよとの意味ではない。これに反して我が国民が,世界を我が国土として活躍するためには,即ち大日本主義を棄てなければならぬというのである。そは決して国土を小にするの主張ではなくして,かえってこれを世界大に拡ぐるの策である。

     しかし武力をもって,強制することは,とうてい我が一国の能くするところではない。しからば残るは道徳の力である。・・・道徳はただ口で説いただけでは駄目だ。またお前がこうするなら,俺もこうするという如き弱きことでは駄目だ。他人に構わず,己れまず実行する,ここに初めて道徳の威力は現わるる。

     資本は牡丹餅で,土地は重箱だ。入れる牡丹餅がなくて,重箱だけを集むるは愚であろう。牡丹餅さえ沢山にできれば,重箱は,隣家から,喜んで貸してくれよう。
    (岩波文庫『石橋湛山評論集』p.101から)
                         ・・・・・・
     
     こういった,大日本主義の批判を,今日我々は,湛山の「小日本主義」と呼んだりします。ただ,湛山の小日本主義とは,日本は積極的には何もするなという主張ではありません。大日本主義はとるなということなのです。
    岩波文庫の解説(松尾尊允)によれば,大日本主義は「軍国主義,専制主義,国家主義」であり,小日本主義は「産業主義,自由主義,個人主義」を指すとなります。さらに,湛山は,「徹底的個人主義」を言います。

     「徹底的個人主義」については,明治45年の『東洋時論』(上記岩波文庫版所収,p.19)で,こういっています。
                          ・・・・・・
     境野黄洋氏(仏教学者―注)は「宗教の権威」の中で,人間には,「国民としての人間」「人間としての人間」「人間以上としての人間」の三方面があると言っておるが,そのいわゆる三方面の関係はどうなるのか,少しも説明しておらない。したがってその各々の性質は不明である。しかしこれは説明のできぬわけである。何となればこれらの人の,国民とか,人類というておるのは,抽象的な非実在のものであるからである。人間は,どこまで行っても,またどこから見ても,あくまでもただの人間である。国民としてのだの,人間としての人間だの,人間以上としての人間だのというものは宇宙のどこを探したってありはしない。
     人が国家を形づくり国民として団結するのは,人類として,個人として,人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない。・・・私の意味をもってすれば,「国民として生きる前」ばかりでなく「宗教の中に生きる前」「文芸の中に生きる前」「哲学の中に生きる前」に人は人として生きねばならぬのである。否,生きざるを得ないのである。何となれば,国家も,宗教も,哲学も,文芸も,その他一切の人間の活動も,皆ただ人が人として生きるためにのみ存在するものであるから,もしこれらの或るものが,この目的に反するならば,我々はそれを改変しなければならぬからである」。
                        ・・・・・・

     要するに,「人間」あるいは「人間生活」が第一(おやおや?)ということなのです。

                         (掲示板は字数の制限がありますから,次の#13に続きます)



  • #13

    荻原 欒 (水曜日, 19 2月 2014 20:52)

     (承前) <#13>の続きです。

     以上,私は,湛山の意味での「小日本主義」に大いに共感するのですが,次に,湛山の言論とは直接には無関係に,昨今,私の気になることを述べておきます。

     それは,ここにある「日本」という言葉なのです。私は,この頃,あちこちで,私より5歳以上は年配の,つまり,80歳前後からそれ以上の,複数の方々と,政治,社会問題など含めて,話す折があるのですが,社会に対して右派的傾向の人であろうと,左派的傾向の人であろうと,共通に,その底流に,日本国,日本人,(あるいは,日本というもの)に対する,思い入れが深いのに,おやおやと思うことが多いのです。それぞれの頭の中に,日本国というものが,しかも,他に勝った優れたものとして,どっしりと存在していて,それなしには,自分も,社会生活も成り立たないと思っている風情なのです。そのことは,昨今の,中国や韓国の対日姿勢に対する反発,嫌悪感(自意識を傷つけられたということでしょうか)などに,特に目立ちますし,外交問題でなくても,日本及び日本人の資質としての優位性,日本伝統文化の優秀さは,よく言われることです。また,時に応じて示される,天皇制に対する自然の感情,皇室への敬意にも見ることができます。終戦後70年近く経っていて,時代は変わっているはずなのに(そういうと,時は変わっても変わらないのがある,それが国体だと言われるかもしれませんが),私など,戦後になって小学校に入った世代には分からない感覚なのです。私には,世界に国が何十とあるうちで,日本,日本人が特別に優れている根拠があるとは思えませんし,天皇陛下についても憲法の範囲を超えることは全く知りません(現人神,天照大神,万世一系というような国体については教わっていないのです)。おそらく,80歳前後から上の方々は,戦争前に小学校に上がり,小国民として,日本国について,厳しく教え込まれてきた,そこに,今日に至っての日本への思い入れの遠因があるように思えるのです。

     日本国への(過剰な)思い入れは,老人を離れても,今オリンピックをやっていますが,日本選手の勝ち負けへの期待,こだわり,にも,見らうんざりするほど見られます。要するにこれは,あらゆることについて,世界の国々,国民に序列をつけ,国家単位で,日本はその上位にあるはずだとする,上位をよしとする序列主義の表れなのです。スポーツでなくても,例えば,経済力,軍事力でも,科学的発見でも,文化でも,何にでも序列をつけて,上位にあろうとする(排他主義に通じます),日本が上位にあることによって安心する,そういった,いわば,日本国夜郎自大主義が,万事にあって,へきへきします。

     要するに国家とは何か,日本国とは何か,そこをどう考えるかということなのですが。

     我々が生きるとは,湛山によれば,「人は人として生きる」「個人として,人類として,人間として生きる」こと,あるいは#2で述べたトルストイに従えば,「生きるために生きる」ことで,それが基本です。そして,その原理に従えば,「国家も,(経済も,生産も,)宗教も,哲学も,文芸も,その他一切の人間の活動も,皆ただ人が人として生きるためにのみ存在するもの」(湛山)ですから,国家,生産力,その他は,人が生きるための便宜,道具であることになります。

     そうであるのに,例えば,国家についていえば,国家の目的は,人間の生活の維持と高揚で,国家は,そのための道具,手段なのですが,どこかで,目的と手段(道具)の役割が逆転して,国家の維持と高揚のために人間の生活があるというようになってしまうのです。人間生活を基本に,「<個人(人間生活)>→<国民>→<日本国(国家)>」という順が,逆転して,国家を基本に,「(<国体>→)<日本国(国家)>→<国民>→<個人>」と考えられ,日本国(国家,国体)が先立って存在し,そこに含まれるものとして個人が考えられるという図式になってしまうのです。前者では,国家は国民生活のための便宜,道具ですが,後者では,日本国のために個人は存在するということになっています。日本国の維持,高揚が目的で,個人活動はそのための手段になるのです。そして,そのためには,国家,日本国というものが,すべてに先立って,絶対的なものとして根拠づけられていなければなりません。そのための仕組みが,右派においては,神話であり,国体であり,左派においては,民主主義であり,選挙であり,憲法であり,社会契約であるわけです。ですから,この立場に立つ限り,右派も左派も,日本国への思い入れが出発点になります。これは,本来人間生活の維持高揚のための道具,手段である国家というものの目的化,実体化です。ここに,今日の根本問題があります。

     私は,国家は不要で,国家を廃止し,アナーキズムをとれと言っているのではありません。国家は,これまで,人間生活のための便宜として,有効に働いてきました。原始時代に比べたら優れた道具だったのです。だから,否定されるべきものではなく,今後も,人間生活に役立つように,改良しながら,利用していけばよい。ただ,実体化し,固定化し,国家自体の維持,高揚が目的になってしまうと(そして人間はそのための道具であるとなると),国家間の戦争を最悪のケースとして,そのシステムは行き詰るということなのです。

     このことのみならず,今日の社会制度全般における困難の根本には,この目的と手段(道具)の取り違え,手段の実体化という問題が伴っているように思えます。それを避けるためには,人間が生きるについて,①何が目的で,何が手段であるかを見極め,②手段(道具)を手段(道具)として扱い(ただし手段,道具というのは現実生活の基本をなす,内在的,根本的なもので,単なる道具という矮小化されたものではありません,仏教では,手段,道具を,広く捉えて,「方便」といって根本概念として重視します),③実体化しない(言いなおせば仮設として扱う),この三点が肝要です。こう理解することによって,国家に対する過剰な思い入れ,国家の呪縛から,解放されるのではないでしょうか。他の同様な問題に対しても同じです。

     これで話は終わりですが,もう一つ付け加えれば,湛山の社会思想において,人間生活をすべての出発点する思考に,プラグマティズムとの,道具(手段)の重要性とそれを実体化しない点に,仏教思想(法華経)との,関連が見られるように思うのですが,いかがでしょう。

     以上, 山口さん⇒湛山⇒大日本主義批判(小日本主義)⇒国家の実体化批判 と連想を連ねて,少々書きました。 

  • #14

    荻原 欒 (木曜日, 20 3月 2014 21:23)


     先に,『アップデートする仏教』(藤田一照&山下良道著,幻冬舎新書,2013)に触れましたが,そこでは,仏教の望まれる姿を示すのに,バージョンという言葉を導入,仏教に,「仏教1.0」「仏教2.0」「仏教3.0」の3つを区別します。その要点は,①仏教は,「仏教3.0」にアップデートされなければならない,② 1. 2.と3.の違いがどこにあるか,そして「仏教3.0」とはどういうものか,ですが,後者については改めて議論するとして,この区分の仕方は,他の分野にも当てはめることができ,有益であるように思いますので,著書の第一の意図とは離れますが,そこだけ切り離して他に応用してみたいと思います。

     まず,この著作での,仏教における,3つのバージョンの違いです。
     「仏教1.0」とは,今日,世間で行われている仏教の形態です。お寺があり,葬式を取り仕切り,墓を守り,時に宗門の教義が説かれ(多くの場合,檀家の信者対象ですが),全体としてそれぞれの宗派の組織が維持されている。僧には,しかるべき過程(宗門の大学を卒業し,専門道場で修業する,その他)を経てなることができ,寺の住持になれば,職業的安定が得られる。既存の組織の中での,職業としての仏教,制度化された仏教ということになります。

     本来,始まりにおいて仏教が追求したのは,現実に対する独特な鋭い観察と分析(例えば四苦八苦というような),内面的な(精神的な)安定性,利他的な社会形成であったのですが,そういった内容的なものが,1.0では,(なくなってしまったわけではありませんが),固定化され,形式化され,定まった教義や組織の中のことがらになってしまい,本来の,個々人の内面に由来する,動機と,目的に対する意識が薄くなってきたということでしょう。

     それに対して仏教2.0は,仏教本来の問題意識とそれに対する釈尊の教え (解答)を納得し,受容し,その内容の実現をめざし自分を作り直そうとするものです。そのためには,教えの理解,目的に至る修行,努力が必要になります。個人の内面性から出発する,内実を伴った仏教ということになります。

     この2.0に絡んで,今日の話題は,日本において,ここ十数年,仏教1.0の形式性に飽き足らず,内的な,実質的な救いを求める人々が増え,それに応じたのが,日本におけるテーラワーダ仏教であったということです。テーラワーダ仏教とは,釈尊滅後,大乗仏教の成立前の仏教の大きな流れであり,旧来,上座部仏教と言われ,北伝の大乗仏教に対して,南伝仏教として,今日,ミヤンマーその他に根付いている(仏教として成立している,仏教として生きている)教えです。それは瞑想を方法として,過程を経て,漸進的に,しかるべき境涯に達するという道筋の提示です。実践的,実質的な,仏教といえます。

     ところが,上記の書で,良道師の述べるには,この2.0は行き詰る,2.0仏教では,目的に達しえないということです。その解説を私がやると不十分なものになりますから,ここでは避けますが,要するに,2.0には,「我」の問題が残る,仏教は,「無我」の上に成り立つところの仏教3.0にアップデートされないと,本来の課題は解決には至らないということです。

     ただここでは,私は,3.0へのアップデートを説明するのに,世間でよく使われる無我という言葉を用いましたが,無我といったからと言って,無我自体が,万人が共有する普遍的概念であるとも現状で言えませんから,この説明でことが終了というわけでもありません。それぞれイメージは持っていても,今のところ正確には掴めきれていないこの3.0への飛躍とは何であるか,つまり,どういう言葉を用いて,どのように説明したらよいかは,まさに問題の根本なのです。無我論を含めて,いろいろな説明がなされますが,未だ統一理論というか,普遍的な説明方式は提出されていないところです。同じ象を指して,群盲がいろいろなことを言っているという状況でしょうか。大いなる課題です。

     以上を,まとめて言えば,
     ① 1.0は,職業化された仏教,制度化された仏教
     ② 2.0は,仏教の初志にそった,本来的な,内容的な追及,内面に誠実な,野心のない取り組み
     ③ 3.0は,それを超えたもの,アップデートされたもの,ただし,超えるとは,2.0における内部的な改変で   はなく,仏教自体の構造の(パラダイムの)変換に触れるようなことがらです
    そんなふうになります。

     そこで,こんなイメージのもとに,この3つを,いろいろな分野に当てはめてみましょう。

     まず,わが身に近いところから,哲学という学問についてはどうでしょうか。哲学1.0は,例えば,大学の教員における哲学,啓蒙的な著作の著者における哲学です。教える哲学,伝える哲学,そこに職業の世界が成立します。哲学によって食っていけるわけです。そのためには大学に職を得るか,出版社,編集者と繋がることがとりあえずの目標になります。欠陥は,自前でなく,制度,風潮,市場に流されるところです。
    2.0は,研究としての哲学,追求する哲学ということになります。これには2つの系統があって,一つは,文献学的,つまり,特定の哲学者の著作内容,他の哲学との影響関係,その他,与えられた材料を,調べるものです。これは確かに学問であり,それはそれで完結したものです。もう一つは,論理分析です。問題が与えられたとき,その構造を徹底的明らかにし,論理分析を行う。それが,その問題の解答になるわけです。この両者とも,その業績は,まさに学問であり,動機としても真摯なものです。

     ただ問題は,こういった業績を上げたことが,それぞれの持っていた哲学の初心への解答になっているかどうか。文献学や論理分析が優れたものであったとして,初心とどう繋がるのかという問題です。
    そこに,物足りない人は,3.0に移らなければならない。しかし,3.0は2.0の外のものですから,2.0のリゴリズムからいえば,正誤の判定ができない領域で,学問ではないと言われたりします。

     最近の話題で言えば,理化学研究所のO氏の,研究論文,あるいは,研究の,欠陥が問題になって,記者会見が行われ,理研の理事が,彼女のレベルの経験と訓練では,この研究は無理だった,というような意味の発言をしていましたが,これなどは,理研はまさに,2.0の世界で,そこには厳格な基準があり,科学とは2.0であるということなのでしょう。しかし,既存の訓練では解決に至らない問題が出てきたとき,そういった科学自体は一体何なのだという疑問が出たとき,あるいは,いささか古いですが,原爆の開発に科学者は関わるべきか否かというような問題が出たとき,研究は3.0に移るわけで,それは科学自体のパライムの変換というようなことに絡むわけです。また,他の理事は,彼女のテーマの自体は非難に当たらない,学問の自由は担保されなければならないというような発言をしていましたが,その際の自由が,2.0の中での選択の自由か,パラダイム変換も含めた意味での自由なのか,これはまた,科学論の未決のテーマでもあります。

     医学を例にしましょう。医学1.0は,医学部を卒業して,医師免許を取得したうえでの,職業としての医学です。そこでは,医者は,医学部で教わった内容,あるいは,その後得た,いわゆる,マニュアルに従って,治療をするわけです。もちろんそれはその範囲で病気の治療に有効です。しかし,それは,その医師個人の力というより,医学教育とマニュアルの効果です。制度化された医学ということです。
    2.0は,個人としての自覚を持った医者,あるいはその人たちによる医学です。病気の原因,病気の治療法について,常に学び,自分の経験を増やしていって,究極的には自己の責任において,患者の病気に対処します。素晴らしい実践ですが,ただ,そこでは,病気の原因と病気の治療という枠内で,病気が扱われますから,病気自体が問題としてとりあげられることはありません。病気とは一体何か,などの問題はそこには成立しません。それに対して,例えば,病気とは何か,病気を治すとは,生物的に,医学的に,また,社会的に,どういうことかなどが,問題にされるとき,医学は3.0に移ります。

     政治家について,1.0は,とにかく選挙に勝ち,当選し,その後は,次の選挙でどうしたら勝つか,地盤固めに奔走する,そういう政治家です。2.0は,人々の求めるものを察知し,政策を研究し,人の意見を聞き,それなりのヴィジョンを持ち,人々の福祉に力を尽くす,まじめな,しかし,政治家を超えない政治家です。それでよいのでしょうが,ただ,世の中には,未知の要素もあり,なかなか決断の下せない状況もあるのです。人間関係,人格性,リーダーシップの問題もあります。そういった総合的な場面での政治,これが3.0ということになります。

     このように,あらゆる分野で,この3つの区別は,成り立つようです。上記の他に,家庭生活についても,職業生活についても,男性たるものについても,女性たるものについても,教育についても,倫理道徳についても,ということです。

     その際,1.0,2.0は,分かりやすいし,日常のことがらは,その範囲の扱いに尽きるとも言えますから,バージョン1.0,2.0において生きるというのが一般的かも知れませんが,しかし,そうは言っても,現実の中には,それをはみ出す要素がありますし,実際に,我々の生活の中に,不具合もあり,矛盾も生じています。そのことを無視できれば別ですが,それを自覚するならば,現実を1.0,2.0の範囲に限定したのでは,現実に対する理解は不十分だということになります。それは当然で,本来,私たちの世界は,不分明な,混沌たる全体で,現実は,その世界の任意の切り取りなのです(と私は考えています)。そこに,1.0,2.0を超えて,3.0へのアップデートが要請されるのですが,さて,3.0自体の原理は何かということ,そこの説明がなかなか難しい。

     確かに,広い意味で,それ自体としては成熟に達した,したがって閉塞的な,今日の我々の世界や生活が,行き詰まりを示しており,それに対しては,内部的な改変ではなく,その根本を変えるような変換(つまり,パラダイムの変換,3.0へのアップデート)が必要です。その通りだと思います。しかし,その変革が,いろいろな分野でみな同種のものなのか,そこにあるのは同じ構造の問題なのか,さらに詰めなければなりません。また,3.0への転換について,人々がいろいろなことを言いますが,それぞれの説明が,分かる人には過剰なまでによく分かるが,分からない人には全く分からない,という現状があります。そのあたりが,解き明かされなくてはならない。

     あえて言えば,そこでは,要素構成主義的な,法則普遍主義的なこれまでの知識原理を清算して,「全体」からの出発,ことがらへの「自覚」,「不分明」,「混沌」などがキータームとなっているような世界への転換(アップデート)が求められているのではないでしょうか。

     バージョン,アップデートというカタカナに触発されて,少々述べました。


  • #15

    荻原 欒 (金曜日, 18 4月 2014 21:43)


     4月16日の朝日新聞の「声」の欄,85歳の女性の投稿が興味深いものでした。曰く,
     
                   ・・・・・・
     教育勅語について下村博文部科学相が「至極まともなことが書かれている」と述べ,いまだにそらんじることができる世代として絶句しました。下村氏は全文を読んだのでしょうか。
     教育勅語は「父母ニ孝ニ兄弟友ニ(父母に孝行をつくし,兄弟姉妹仲良くし)・・・」と人倫の基本も列挙していますが,「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮の皇運ヲ扶翼スヘシ(万一危急の大事が起こったならば,大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ=1930年文部省訳)」としています。欽定憲法である大日本帝国憲法発布の翌年,臣民にくだされたものなのです。
     45年8月15日に焼け跡で見上げた空の,どこまでも広く真っ青だったこと。大日本帝国憲法と教育勅語からの解放感は忘れられません。
     文科相の重責を担う下村様,日本の近現代史をきっちり理解してくださいますよう切に願っております。
                         ・・・・・・

     「焼け跡で見上げた空の,どこまでも広く真っ青だったこと」,これは,単に敗戦という歴史の切れ目があったということではなく,ものの考え方の変換,パラダイムの変換が,そこにあったことなのです。帝国憲法と教育勅語にしたがって生活しなければいけないという重苦しさから,そうでない生活を送ってもよいのだという新しい生活パラダイムへの変換に伴う解放感であったろうと思います。そして,近現代史を顧みれば,帝国憲法も,教育勅語も,その後の展開も,特定の勢力の利害から発生したものだったということです(もちろん,それに合わせて,特定のものではなくて,普遍性を伴うものだということが,教育,メディア,また別の様々な手段で喧伝されましたが,それに従ってかの老婦人は今も勅語をそらんじているわけです)。そこからの解放でもありました。

     青空とは,他人の作為のもとにはないこと,誰かが外で意図的に(多くは自分の利害のために)仕組んだ仕組みのもとにはないということです。それを超えた普遍性が青空です。それに対して,誰かが,意図を知らせずに,裏で細工する,人々はそのもとで生活する,これは,青空のない,どんよりとした生活ということです。  我々としては,短い人生,梅雨明けの初夏の青空,台風一過の青空に代表されるような,開放感あふれる天地のもとに,愉快に日々の生活を送りたいものなのです。

     今日,日本社会は,表面的には,それなりに豊かに,火急の難問題もなく,大筋において穏やかに推移しているように見えます。例えば,日本社会の一員として年齢相応に私なども,人並みに自分の家を持ち(その屋根と壁のおかげで雨露をしのぎ),年金と退職金を得たことによってここ数年は働かずに生きています(明日の食事も見通しがついています)。そして,これまで構築された社会インフラのおかげで,日々,それなりに利便性を得て暮らせています。多分死亡するまで,あと何年かは,そのように続くでしょう。我が人生はその意味で逃げ切れそうです。

     ただ,日本において,かく,全般的には,生活は豊かになったのですが,いつのころからか(特に昨今)終戦後しばらくは見えていた青空が,見えなくなってしまった気がします。土砂降りの雨が降るとか,大雪が降るというのでなく,恒常的にどんよりと曇って,なんとなく重くるしいのです。問題は,この重苦しさは何だ,折角の青空はどこに行ったのか,ということなのです。

     一つの例で言えば,最近,天皇陛下主催の園遊会が赤坂離宮で行われ,オリンピックのメダリスト(いまふうに公に奉じた人なのですが),その他の方々と,両陛下が穏やかに,親しく会話しているのどかな光景がテレビなどで報じられました。人選その他,文句なしの見事な演出なのですが,私には,(時節柄?)いささか外部の作為が見えて(もちろん,天皇陛下の作為ではありません),重苦しく感じられたのです。つまり,完全に,青空のもとの園遊会とは受け止められなかったということです。
     同様に,数年後に,オリンピックが東京で行われるようですが,問題は,青空のオリンピックであり得るかどうか,政治家の手柄,企業の利害,広告代理店の営業,・・・,そして,それらの,強権を伴う押し付け,こういったどんよりした雲からどこまで離れられるかです。そういうものがない地平が青空なのです。

     もっとも,青空のもとでの皇室の園遊会,青空のもとでのオリンピック,・・・,今日ではこれらは形容矛盾かも知れません。もともと,敗戦時の青空も,戦前の体制の矛盾の行き詰まったところに出てきたものでした。パラダイムの変換は切羽詰ったところから発現するものです。

     どこまでも広い青い空,重苦しさからの解放,青空のもとでの生活,これは我々の求めるものです。梅雨明けの初夏の青空,台風一過の青空が,我々社会に戻ってくれば,また楽しい人間生活なのですが。青空をもう一度我らに!,それはパラダイムの変換ということでもありまが,これが昨今の緊急課題ではないでしょうか。

     ついでにもうひとつ。この前東京都知事選があり,細川,小泉連合は敗れました。原発即時廃止のone issueでしたが,そこにもう一つ,「青空を取り戻せ」があれば,もう少し本質的な戦いになったのではないでしょうか。

     もうひとつ,前回,山下良道師の『アップデートする仏教』をとりあげましたが,その本で良道師は,「青空の瞑想」を提唱しています。ここでの青空は,そのこととは無関係に書きました。でも少しはつながるかも知れません。

  • #16

    87期の田中正二です (月曜日, 21 4月 2014 13:20)

    御無沙汰しております!
    書き込みなんで心配しておりましたが、お元気そうでなによりです。
    下村博文さん、地元の塾の先生でした。名前が出たので書き込むきっかけとさせていただきます。

    消費税値上げで、さすがに4/1は来客ゼロでしたが、その後順調でした。
    が、そろそろ影響が出始めています。
    業務店(を含めて、一般客も)の取り置き銘柄が、動かなくなり、飲み続けるのか止めるのかでもやもやしています。取り置き酒なので、そのヒトが来なくなったら取り扱いを止めます。早めに判れば販売しやすいのですが、賞味期限ぎりぎりだとそうもいかず・・・。
    で、聞きに行きますと、飲むんだが飲まないんだかあいまいで。
    決断はしたがらないけれど、買わないってのが最近の傾向でしょうか?
    すいません、また支離滅裂な書き込みで。

    また書き込みさせていただきます
    ではまた
     

  • #17

    荻原 欒 (土曜日, 26 4月 2014 21:01)


     前に,湛山の小日本主義を論じました。関連しながら,さらに進めて,『老子』の八十章に次のようなものがあるので,紹介します。
                       ・・・・・・
    (訳)国は小さくし,住民は少なくする。人力の十倍百倍の機能を持つ道具があっても用いないようにさせ,住民にはいのちを大切にさせ,移住しないようにさせる。舟や車があっても乗ることはなく,甲や武器があってもつらねて使うことはない。住民には,昔のように縄を結んで記号として使わせる。
     自分たちの食べ物はうまいとし,自分たちの衣服をいいものとし,自分たちの住居に安んじ,自分たちの習俗を楽しいとする。隣国が見えるところにあり,鶏や犬の鳴き声が聞こえてきても,住民は老いて死ぬまで,お互いに行き来することがない。

    (訓読) 国を小さくし民を寡なくす。什伯人の器あるも而も用いざら使め,民をして死を重んじて而して徒るより遠ざから使む。舟輿有りと雖も,之に乗る所なく,甲兵有りと雖も,之を陳ぬる所無し。民をして復た縄を結びてこれを用い使む。其の食を甘しとし,其の服を美しとし,其の居に安んじ,其の俗を楽しとす。隣国相い望み,鶏犬の声相い聞こゆるも,民は老死に至るまで,相い往来せず。 
                           (共に,岩波文庫 蜂屋邦夫訳註 『老子』による)
                       ・・・・・・

     加島祥造訳では「第八十章 理想の国」として次のようになります。
                       ・・・・・・
     私は国境のない世界を願っているが,まだ無理のようだから,まあ,自分の理想とする国を,描いてみよう。私の大切にしたいのは,大きな国でも強い国でもないよ。ほんの小さな,まあ,村落の集まりのようなものだ。人口もごく少ない。住民たちは,いろいろ道具を持ってはいるが,ろくに使おうとはしない。みんな,いのちをとても大切にするから,危険な旅なんかに出ない。舟や車は持っているんだが,ほとんど乗らないってわけだ。同じように,武器はちっとは備えているけれども,だれも使わないし,商取引するには,ただ,ごく単純な数え方ですます。―それでいて,食事はゆったりと,おいしいものを食べ,着るものは美しい上等な服,日々は安楽であり,習慣をみだそうともしない。隣の国は近くて,犬の吠える声や鶏の鳴く声が聞こえるほどだが,そんな隣国とも往来しない。そしてずいぶん歳をとってから,静かに死んでゆく。(加島祥造著『タオ』ちくま文庫)

     言い直せば,
    ・ 自分の属する国(あるいは,共同体)については,小さいのがよい。住む人々の数は,互いに顔の分かる範囲まで少なくし,規模の拡大は望まない。(膨張主義,覇権主義,大きな国家,強い国家はダメ。少子,小国家でよい。顔の見える範囲の人びとからなる小さな共同体を生活する基盤とする。)
    ・ 人が直接に自分の力を発揮できる範囲で生産活動を行い,大げさな道具,大規模な機械は用いない。機械,動力を用いた,省力,大量生産は行なわない。(反機械主義)
    ・ 生活の規模は小さくする。それによって生命が保持される。生活規模を大きくすると,リスクが生じ,例えば,事故に会ったり,災難に遭遇したり,対人的なトラブルが発生する機会が増える。(反グローバリズム)
    ・ 移動は,人力の範囲とし,交通手段の拡充による大量移動や,より遠方への移動をのぞまない。(反グローバリズム)
    ・ 武器を集めて連ねて強力にして攻めるようなことはしない,武器を攻撃の手段として用いない。(軍事同盟などはあり得ない)。
    ・ 情報や情報処理を,道具やシステムを使って効率化しない(ITや,マスメディアは不要)。
    ・ 食,衣,住について,自分らの現状をよしとする。自分らの今の生活習慣をよしとする。(普遍主義はとらない)
    ・ 物音が直接聞こえるぐらい隣の国がすぐそばだとしても,良しにつけ悪しきにつけ,お節介はしない。すぐに行けるほど近くても,隣国に行くようなことはしない,付き合わない。(自分の世話以上のことはしない,他に徹底して無関心)

     要するに,
     人間の生活は,小規模であるのがよい。自分自身の直接的な力の及ぶ範囲で生活し,生産において,交通において,武器について,情報処理について,道具を利用すれば,ことは楽になり,生活規模は拡大するかもしれないが,それはしない。そして,そこにある自分らの具体的現実,生活習慣(文化)に満足している。
     これが,人間生活のあるべき姿であるということでしょう。

     これに対して,人類史の展開は,人力を超えた,生産手段,交通手段,武器,情報手段を開発し,それを利用することによって,生活規模を拡大してきました。この拡大には,原理的には終わりがありません,無限です。そして,人間の幸せは,小規模な生活の中にはなく,無限に拡大化される大規模な生活の中でこそ可能だとするのです。

     しかしながら,生産,交通,武器,情報処理は,あくまで,人間生活あっての上のことがらです。人間生活遂行のための,手段であり道具なのです。確かに,これらの手段,道具の発展によって,生活規模は広がりますが,生活規模の拡大が,我々,あるいは,生活自体の本質,目指すところであるわけではありません。にもかかわらず,今日,多くの場合,(人間とは,生活とは,本来何であるかという議論をスルーして,)このような拡大志向で万事が考えられてしまっています。さらに,そこでは,本来は生活のための手段であった,生産,交通,武器,情報が,(これもまた生活自体の質の吟味をスルーして,)それ自体目的とされてしまい,こちらの達成のために,人間生活が振り回されるというような,目的と手段の逆転がなされているのです。

     生活とは本来何であるかについて,2つの対極が考えられます。一方は,老子の言うように,生活とは,本来,極めて狭い領域に成立するもの,成立させるべきものであること。与えられ現状で,満足すべきだということです。
     もう一方は,我々は日々生きていて,いろいろな欲望,希望をもちます。それらがすべて適うわけではありませんが,しかし,そういった欲望,希望の充足への努力が,我々の生活だというのです。そのためには,いろいろな手段の開発,利用が必要となります。その際,手段の開発,利用によって,我々の生活規模は拡大していきます。ですから,こちらでは,生活は,狭い領域ではなく,無限に拡大されるより広い領域の中で展開されることになります。
     前者をA,後者をBと名づけることにします。(ついでに,ここで,生活という語を,幸せという語に入れ替えても,議論はパラレルに進行すると思われます)。

     Aの特徴は,生活が小さく,発展がないことです。その代り,密度は濃く,人間的だといえるでしょう。
     Bは,拡大志向です。そしてその拡大は,手段の,開発,発展による拡大ですから,生活の拡大は,手段の拡大のこととなり,そこに,手段と目的の逆転が起こり得ます。そうなると,手段は目の前にあって見えても,本来の目的(生活)は,見えなくなってしまうのです。
     Aの立場は,生活の現状を,狭い領域(その代り,確実で,実体的で,具体的な)から考えようとします。Bは,現状を,拡張した,膨張した領域(便利ではあるが,仮想的な)から考えます。
     その上で,今日は,老子の話は,奇妙に思え,後者のような技術の発展,経済の発展,グローバリズム,普遍主義が,主流になっているように思えます。

     で,結論ですが,私はAにコミットします。その理由は,今日の社会の現実を見たとき,そこには,社会全体のシステムの不具合,混乱があって,安定していないと思うからです(人類がこれまで求めてきたのは,最終的な安定した生活でした)。そして,その原因は,(生活とは何であるかについて,)今日,Bの立場が主流であること(その内容は,拡大志向と,手段が目的と入れ替わってしまっていることですが)にあるのです。ですから,Bを廃棄しなければならない。Bの対極はAですから,まず,Aを再考して見ようということなのです。

     ただ,そうはいっても,我々の現実の生活は,純粋にAというわけにはきません。現実は,それなりの程度において,道具として,様々な生産手段,交通手段,軍事,情報技術を取り入れて成立しています。ですから,突然に,それらのすべてを廃棄せよといわれても(ただ,「打ちこわし」という直接手段も一つの選択肢ではありますが),個人的,心情的にはともかく,社会全体を考える時は,現実的,合理的とはいえません。

     そこで,以下のように考えるのが,差しさわりないところなのです。

     生活というのは本来,Aであるべきである。これが人間的立場です。そこに安定がある。しかしながら,現実には,今日,生産手段,交通手段,武器,情報技術という手段が,一人歩きをして,進んでしまっている。それ抜きには生活できないようになってしまっている。だから,まず,それらを,これ以上前に進ませないようにする。そして,現にあるものは,折をみて,なくしてしまう。周りの状況を,できる範囲で,Aの方向に引き寄せるということです。例えば,原水爆の開発はこれ以上やらない,原子力発電もこれ以上発展させない。多分,遺伝子操作も,宇宙開発も,病気治療法の新規開発も,ということになるでしょう。

     しかしそうは言っても,現実の生活において,道具,技術,の使用は,いわば便利で捨てがたい,良い意味で,生活の幅を広げます。だからすべて拒否するというのも,合理的,現実的ではありません。ただ,問題点は,本来手段であったものが,逆転されて,目的として扱われるところと,それに伴う拡大主義にあるのです。(拡大されたものは,非実体的で,観念的,仮想的な場合が多いのです。)だからAの立場からの譲歩(新たな原則)として,手段が手段と自覚されている範囲では,手段を手段として使う範囲では,この原則をクリアーした範囲では,手段の利用もよいのではないかということです。そのときは,手段の暴走は制御されます。

     そこで私の主張したいのは,有体に言えば,生活というものの基礎はAの形態にある。それは手段の目的化の否定であるが,しかし,全面的な手段の拒否ではなく,手段が手段として自覚されている範囲では(手段と目的の逆転が行われない範囲では),手段や道具を受け入れ,利用する(その場合は拡張主義にはなりません)。でも,その際,実際には,用心深く,慎重に,急がずに,消極的に,ゆっくりとやる,ダラダラとやる,ということです。積極主義,拡大主義はダメです。

     湛山は,小日本主義ということで,大日本主義を批判しました。老子は,さらに突っ込んで,小生活主義として,「大生活主義」を,主流派を,批判します。そして,正解は,「小」の方にある,そういうことではないでしょうか。

  • #18

    荻原 欒 (木曜日, 12 6月 2014 17:13)


     昨年5月3日でしたが,私のところに,男の子の孫が生まれました。1年ちょっと経ちましたので,この頃は,よちよち歩きができるようになりました。生まれたての頃はベッドにいて,移動は親に抱かれてでしたが(寝たきり?),その中に首が据わってきて,ベビーカー(車いす?)に乗れるようになり,次にうつぶせになって首が上がり,お坐り,つかまり立ち,つかまっての歩行,はいはい,よちよち歩き,と標準通りに進んできました。さらに時間が経てば,歩行も上手になり,跳ね回るようになるでしょう。住まいが別ですから,会うのは時折ですが,写真で経緯は知らせてもらっています。

     一方,私のところには,95歳になる母親がいます。昼は,週に5日ほど,デーサービスに,通っています。数年前までは,もちろん,自力で歩いていたのですが,だんだん脚が弱ってきて,外では杖や歩行用ゴロを使うようになり,室内では,タンスや手すりに頼って,つたえ歩きになりました。たまに廊下で転んだようなときは,起き上がって戻るよりは,自室まではって行った方が早い。今は,外での長距離の移動には,車いすを使用しています。いずれ,室内でも車いすの使用になり,終日ベッドで過ごすようになるのでしょう。(寝たきり)

     こういったことは歩行だけには限らず,例えば,食事についても,片や,母乳,ミルクから,離乳食,と進み,今は,やわらかいものならかなりのものまで,やしなってもらって食べています。もう少し経てば,自分でご飯も食べるでしょう。一方,片や,今は,自力で普通食ですが,いずれ,やわらかいもの,次には,ミキサー食を,やしなってもらって食べることになるのでしょう。
     脳の働きについても同じような推移がいえます。片や,かつて憶えていたことをだんだん忘れ,片や,急速にいろいろ憶えていきます。

     一方は上昇ベクトル,一方は下降ベクトルですが,たまたま身近で,2つのベクトルがぶつかった(つまり,ともによちよち歩き,・・・)ものですから,両方を同時に眺めながら,観察しているのが,今の私(という私も長時間歩くと足がすくんできます)ということになります。それなりに興味深い,稀有な体験です。

     以上は,どこにでも転がっている当たり前の事実を(ただ,一般に現在は,両者が違った場所での出来事になってしまっているので,両者をくっつけてみることが少ないのですが),意識的に取り上げて,述べただけです。でも,このようにして人間の歴史は続いていくのであり,赤ん坊とは,老人とは,人間とは,こういった一つのベクトルなのです(ベクトルとは,量の他に,方向を持つということです)。まさに,人間の歴史とは,人間の一生とは,こういう経緯だということでしょう。同時に見ていると,勉強になります。

  • #19

    荻原 欒 (金曜日, 20 6月 2014 22:44)



     老人三題

     その1 私は小平市のあるお宅を,(そこでは,プロの演奏家を招いての家庭音楽会形式のコンサートが,ここ20年来,持続的に開かれていて,)年に何回か,訪ねます。さらに,そこは,小平市立「平櫛田中彫刻美術館」に近いので,時折,そちらにもよって,帰りには絵葉書を補充したりしています(絵葉書というのは,人に出したりするとすぐになくなってしまうのです)。

     平櫛田中は1872年(明治5年)岡山生まれ,1979年(昭和54年)107才で没しました。この美術館は,97歳でこの地に移転,新築したアトリエの日本住宅に,展示室を合わせたもので,家も庭園も立派です。玄関の脇には,百歳の時に,今後の彫刻の資材としてもとめたというクスノキの大木も置いてあります(さすがにこれは使わなかったようですが)。展示作品,アトリエ,庭,たいへん楽しませてくれます。

     田中の言としては,
    ・ 六十、七十は,はなたれ小僧,男盛りは百から、百から。いまやらねばいつできる、わしがやらねば、だれがやる。
    が有名ですが,数年前,まだ私が,老人の入り口にいたころは,この「六十、七十は,はなたれ小僧」はリアルで,身につまされて,ごもっともだと思い,今からでも頑張ろうなどと,己を励ましたりしたのでしたが,少し年を加えて,この頃は,人は,六十,七十になっても,未完であって,中身は何にもないのだという,この点は,当時よりもさらに納得するのですが,「百から百から」の方は,そこに行くには,私でもまだ二十年の上ありますので,その経緯を想像すると,すっかり弱気になり,戦意を喪失してしまって,かえって,重く,憂鬱にのしかかってきます。もとより,向こうは特別な遺伝子,こちらはどこにでも転がっている遺伝子で,その違いのうえに,明治生まれの心意気と,昭和十年代の,あまり無理はしない,小さな幸せ主義の思考の違いかもしれません。

     その2 NHKテレビの特集がきっかけになって,先週,豊島区千早の,豊島区立『熊谷守一美術館』へ行きました。

     熊谷守一は,1880年(明治13年)岐阜県の生まれ,1977年(昭和57年),97歳で亡くなっています。『へたも絵の中』(平凡社ライブラリー)他で,次のように言っています。

    ・ 川には川に合った生きものが棲む。上流には上流の,下流には下流の生きものがいる。自分の分際を忘れるより,自分の分際を守って生きたほうが,世の中によいと私は思うのです。
    いくら時代が進んだからといっても,結局,自分自身を失っては何にもならなりません。自分にできないことを,世の中に合わせたってどうしようもない。川に落ちて流されるのと同じことで,何にもならない。
    ・ 中学に入ると絵はますます好きになっていましたが,私は他の人のように一生懸命やるということはしません。べつになまけようというわけではないのですが,絵を一心に描こうという気は起きない。好きは好きだが,ただ好きだということだけで,だからどうというその先はないのです。
    これは,いまだに同じことです。だから長い間生きてはきましたが,私の場合はただ長生きしたということだけです。ふつうの人は,いろいろ考えたり無理をしたり,だましたりだまされたりしているから,くたびれて,そう長生きできないのでしょう。私が丈夫なのも,何もしなかったからかもしれません。
    ・ 私はだから,誰が相手にしてくれなくとも,石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで,何日も何月も暮らせます。監獄にはいって,いちばん楽々と生きていける人間は,広い世の中で,この私かもしれません。
    ・ ここに住むようになったのは,昭和七年で私が五十二歳のときです。それから四十五年この家から動きません。・・・この正門から外へは,この三十年間出たことはないんです。でも八年ぐらい前に一度だけ垣根づたいに勝手口まで散歩したんです。後にも先にもそれ一度なんです 
    ・ 絵を描くのに自分にも何を描くのか初めから分からないのが,自分に新しい。
    ・ (日露戦争前後樺太で,農商務省の仕事をしていた)彼らは漁師と言っても,その日一日分の自分たちと犬の食べる量がとれると,それでやめてしまいます。後は膝小僧を抱えて一列に並んで海の方をぼんやりながめています。なにをするでもなく,みんながみんな,ただぼんやりして海のほうをながめている。
    ずいぶん年をとったアイヌが二人,小舟をこいでいる情景を見たときは,あゝいい風景だなとつくづく感心しました。背中をかがめて,ゆっくりゆっくり舟をこいでいる。世の中に神様というものがいるとすれば,あんな姿をしているのだな,と思って見とれたことでした。私はそのころも今も,あごを突き出してそっくり返る姿勢はどうも好きになれない。反対に,老アイヌのああいう姿は,いくら見てもあきません。 
    ・ 生きものは人間と違ってウソをいわないからかわいいと思う。人間の方はもの心がつくとウソをつくからいやになってしまうんです。
    ・ 猫にくらべて犬は人間の言うことに気をつかうので,それほど好きではありません。

     仙人,超俗といわれるゆえんですが。

     その3 私の高校時代からの親しい友人のK君は,大田区の,まさに「私鉄沿線」の駅の商店街で,包装用品一般をとりあつかう商売をやっています。朝,店の前を,近所の床屋のおばあさんが,もう90歳の後半の年齢ですが,歳に比して元気でしっかりしている人ですが,向こうから来たので,「おばあちゃん元気でいいね」と声をかけました。その返事が「クニちゃん,なかなか死ねないだよ」ということでした。クニちゃんとはわが友人の幼名です。(なにせ,多分彼が生まれる前後にこの地に嫁に来た人で,ずっと近所にいたわけですから,幼名も,よちよち歩きの様も,当然知っているわけです。)
     今の世の中は,いのちより大切なものはない,掛け替えのないいのちなど言って,いのちを,訳も分からずに,後生大事に抱えて,そのことが却っていのちを辛くさせているのですが,このぐらいの生活歴の老婦人になれば,自分のいのちは,十分に使い古していて,いつ捨ててもよいように,手提げの中にでも,さりげなく入っているのでしょう(ポケットティッシュのように)。

     K君と,電話で,こんな話をした折,彼が,谷川俊太郎の言として
    ・ 柿の実が熟して落ちるように死ぬ
    というのを紹介してくれたので,いささかにわか仕込みでしたが,八木重吉の,次の詩(「雨」)を,言いました。お互い,未だ,他人の褌で,相撲を取っています。
    ・ 雨のおとがきこえる
       雨がふっていたのだ
    あのおとのようにそっと世のためにはたらいていよう
    雨があがるようにしずかに死んでいこう

     主題と離れますが,もう一つ言えば,人生とはことば遊びであって,その意味は,何か自分にぴったりとする言葉を見つけようと,日々,生涯,努力するのが人生である。それが見つかれば,その後,人生は安定する。

  • #20

    荻原 欒 (火曜日, 01 7月 2014 18:00)


     信頼できるものの序列,①植物 ②生きもの ③人間 ―要するに人間が一番信頼できないこと―

     かつて,大学に勤務していて,たくさんの,同僚,非常勤の先生と接する中で,私とは20歳,30歳,年の違う,いわば,老先生とお話しする機会が多くあり,また,懇意にしていただき,学ぶところが多々ありました。その一人に,井上隆一先生がいます。先生は,当時大東文化大学の中国語の教授であり,私どもの大学に,非常勤講師としてきておられました。講師室でいろいろなお話を聞かせていただき,大いに有益だったのですが,そのなかで印象に残っている言に,
    ・「植物は人を裏切らない,きちんと世話してやると,報いられる」
    というのがあります。

     先生は,敗戦後,中国から引き揚げてこられたのち,農業に従事していた時期があり,いわば,農家の資格あるいは免許(?)をお持ちだったようです。それでその当時も菜園を広くやっておられ,私の方は,ほんの何坪かの家庭菜園ですが,近所の農家から借りてやり始めていましたので,基本やノーハウを教わったり,家も車で行ける範囲でしたから,キャベツや,サツマイモや,白菜,・・・の苗をいただいたりしました。これは,学問の話ではありませんが,その中ででたことばです(さらにもう一つ,「ハガキを常に身近に用意しておき,思い出したらすぐに書け」というのがあって,その通りと思うのですが,なかなか実行できずにいます)。

     先生は,旧制の大東文化学院に学び,特に支那語(当時の言い方では)自体に興味を持ち,研鑽を積まれ,卒業後,昭和8年に満洲に職を得,現地人への日本語教育の仕事に従事(当時,「公学堂」と称して,関東州,満鉄付属地など日本の行政地区で,中国人の教育を放置してはいけないとの意図のもとに作られた初等教育の学校があった),さらに,満鉄関連の「華北交通」に長くおられ,昭和21年に,社員家族一同を引き連れ,責任者として,八路軍,国民党,混在の中を,青島,佐世保経由で引き揚げてこられました。旧満州,北京を中心に,昭和8年から21年まで,家庭を持って,そちらで過ごしたことになります。明治43年(1910)に生まれ,平成1年(1989)に,79歳で亡くなられました。現存なら104歳ということになりますが,この年代の方は,大正期の教育,昭和の不況,日中戦争,太平洋戦争,引き揚げ,そして戦後の再出発という経緯を経て今日に至っています。万丈の人生なのです。その辺のことは,井上隆一著『かく生きて―自叙伝,人生は塞翁が馬―』(1990年,私家版)に詳しい。また,『中国の風と光と―中国に暮らして―』(白帝社,1990,)もあります。この世代の方々の生き様も,この頃は,忘れ去られようとしていますが,いろいろな意味で教訓的なもので,こういった記録と時折の反復がないと,人生が埋もれてしまうのです。

     さて本題は,#19の掲示板で,熊谷守一の言として,
    ・「生きものは人間と違ってウソを言わないからかわいいと思う。人間の方はもの心がつくとウソをつくからいやになってしまうのです」
    ・「猫にくらべて犬は人間のいうことに気をつかうので,それほど好きではありません」
    というのを紹介しましたが,
     井上先生と,熊谷守一を結ぶと,信頼度(好ましさ)に関して,
    「人間 → 生きもの → 植物」という序列が言えることになります。(その間,生きものの中に,守一に従えば,「イヌ→ネコ」というのが入ります。)
     私は,その通りだ,もっともだとして,今回,言いたいことはこれだけですが,皆さんの見解は,いかがでしょうか。

     「 A→B, B→C 」を前提として,「A→C」を言うのを,一般的に「遷移律」と言いますが,→のところには,直線上の右左であったり,量の大小であったり,集合の包含関係であったり,いろいろな関係を挿入できます。「ならば」という語を入れれば,いわゆる「三段論法」という論理法則のことになります。遷移律の成立は(遷移律が成り立つ状況,関係の存在は),我々の生活にとって,極めて有効な,有用なことがらです。ただし,遷移律には大前提があって,前二者が成り立つとすれば,第三者は必然的に成り立つということを忘れてはいけません。論理に従っているから,論理のみによって,「A→C」が正しいというのではありません(論理にそういう力はありません)。論理は単に道具ですから,「A→C」の正しさにとっては,前二者の正しいかどうかの吟味が,第一なのです。論理的といえば,なんでも認められるという議論の仕方が,通俗に横行していますので,一言付け加えました。もう一つ言えば,今,日本人の力量が衰えていることの原因は,何でも勝てばよいのだ,結果がよければという,マーケティング思考が横行して,きちんとした議論が行われないことにあるのではないでしょうか。これでは議論は名ばかりのものになってしまい,何の効力もありません。そのことはまた論じます。

  • #21

    荻原 欒 (日曜日, 13 7月 2014 20:19)


     議論を忘れた日本人(その1)

     7月8日付朝日新聞のオピニオンという欄に,「議論を忘れた日本人」という題で,橋本治氏の文がありました。最近の,集団自衛権をめぐるやり取りの批判的検討で,「コロコロ変わる例題,質問に答えない説明,まるで値引き交渉か」が中見出しでした。内容は,いささか冗長で,橋本氏への期待からいえば,もう一息でしたが,テーマについては同感で,私はもう少し突っ込んで,今の日本人の弱体化は,老年から若い人まで,まさに議論が方法的にしっかり行われないことにある,と言いたいのです。民主主義に議論は必要ですが,そして,議会はもとより,メディア,いろいろな組織で,議論は多く行われますが,実状は,形だけ,体裁だけ,決定に至るまでの儀礼的な手順,時間つぶしに,なっていて(ディスカッションとかディベートという英語が,ますますその形式性をつよめています),内実がない,そこがいけません。内実がない議論をやっている,やり方が悪いのです。どうしたらよいのか,いささか議論してみましょう。

     いくつかの論点があるのですが,ここでは,まず,第一に,「テーマの本質に触れた議論がなされていない」ことを取り上げてみます。

     「集団的自衛権」論を例にします。集団的自衛権とは,一国による個別的自衛権に対して,「その国と密接な関係にある他の国が共同して自衛行動をとる権利」,あるいは,「ある国が武力攻撃を受けた場合に,これと密接な関係にある他の国が共同して防衛にあたる権利」のことのようです。

     今回の議論は,そういった自衛的行為が,日本国憲法第9条と抵触するか,どのように解釈すれば抵触しないと言えるか,ということにもっぱら終始しました。賛成派も反対派も,9条という土俵の上での議論だったのです。9条は戦争の放棄を言いますから,議論は,戦争とは何であったかに進み,反対派は,戦争の悲惨さ,不合理を説き,賛成派は,正義の実現,不正義の排除,(あるいは,日本国の国際世界における地位の向上のためには)軍隊ないしは武力によるバックアップは不可欠である,我々は,現に,あるいは,常に,不正義にさらされる危機に直面しているではないか,というような話になりました。だから,そこでは,集団的自衛権の是非よりも,戦争とか,軍隊が問題になり,一方では,今次の大戦の失敗や,悲惨な戦争の悲惨さの表明が,一方では,敗戦後日本は,いろいろな制約や,負い目を背負いながら今日に至っている,もうそこは整理して,対等な立場に立ち(普通の国になる),再出発したいという議論になりました。しかし,これは集団的自衛権議論にとって非本質的領域だと思うのです。

     集団的自衛権の根幹は,自衛ではなく集団の方にあります(自衛と言うなら,つまるところは個別的というのが本来でしょう)。集団とは日本の現状では,日米同盟,具体的には日米安保条約の存在です(そしてそれに連なって,西欧自由主義国家との同盟関係ということになります)。日米同盟がなしで,わが国に領土的不安がなければ(現実はしかし猜疑心がありますから,多くの人がそうは思っていません),集団(的自衛)は,話題にならないわけです。だから議論は,表向きは,集団自衛権云々になっていますが,その内容は,集団の方,日米同盟(自由主義同盟)を強化しようか,ぐずぐず続けようか,あるいは破棄してしまおうかというところにあるのです。これが本質的領域です。それなのに,今回,賛成派,反対派とも,何か理由があって(それに触れることは,今日ではタブーになってしまった?),安保条約には触れていません。

     つまり,いつも通りの流れではありますが,議論は非本質的領域に流し込まれてそこで行われます。しかし,そこは非本質的領域ですから,最終的決着がつかないのです。例えば,数学問題の答を評価するのに,答案の出し方が早かったとか,数字がきれいに書けているかなどを問題にするようなものなのです。さらに,非本質的領域の議論では,(本質的には)決着がつきませんから(あれこれ言うだけで),答えを出して先の段階に進めることよりも,その範囲での参加者の勝ち負けが目指すところになり,勝つためには,言い張る声の大きさとか,暴力的な脅しなどが,しばしば有効な手段になったりします。そして,また,かわいそうだとか,見ていられないとか,感情的な情緒に頼ったりします。

     このように,本質的な領域での議論がないと,ことがらが先に進まない,あとの展開が出てこないのです。さらに,勝ち負けは非本質的な領域でのことがらで,本質的領域での議論では,勝ち負けは意味を持たず,それについて次にどうするかが問われるのみです。ことがらが外に向かって開かれているからです。開かれた世界では勝ち負けは問題になりません。勝ち負けが問題になるのは,閉じられた,固定的な,価値観の一意的に決められた領域においてであって,そこでは,事故の主張が,その閉じられた,固定的な系に,整合的か,順応的かによって,勝ち負けが決まるのです。

     もう一つの例を上げれば,3.11.の津波災害と,原発事故です。この二つは,同時に起こりましたが,別なできごとです。

     津波災害の本質は,自然災害というところにあります。自然災害とは,自然の摂理が,人間の利害を大きく超えていて,たまたま,人間に不利に働いたということです。しかし,自然の摂理は,いつも人間に不利に働くというわけではありません。実際は多くの場合,人間に有利に働いています。例えば,漁業生活者は,今回の津波では大きな被害を蒙りましたが,日ごろは,海や魚という自然の恩恵を受けて,生業を立てていたわけです。自然は中立です。そして人間を超えた力を持ちます。ですから,津波被害を論ずるには,そこに立たなければなりません。

     しかし,今回の津波被害の議論は,多く,人間的立場から行われました。曰く,悲惨,気の毒,同情,救助・救援に活躍した人々への賞賛,絆,ボランティア,そして,行政の特別な対応(あるいは,対策の不十分という批判),これまでの津波対策の不備への批判,なかには,日本人のおごりに対して罰が当たったのだというものまでありました。これらは,津波災害に対しては,非本質的領域といえます。なぜなら,確かに今回の災害は,多くの死傷者と,家財の消失を招きましたが,数量だけで言えば,戦災はそれを超えますし,自然災害でもそれに近いものはあります。また,日常の事故死,病死も,年間の総計を取れば,大変な数になります。ですから,この数の多さが,自然災害の本質とは言えないでしょう。津波災害は人間的出来事ではないのです。ただ,今回は,最近出会わなかった災害の規模にびっくりしてしまって,損害,同情,救援・救済が,話題の中心になってしまったということでしょう(もちろん,組織的救援は,近代化された国家社会の日本として当然できなければいけないことがらではありますが,そのことも非本質的領域の問題として問題化されますと,予算が多いとか少ないとか,このやり方はよいとか悪いとか,中には,これをビジネスチャンスとして一旗というのもあって,競争,勝負の世界になってしまうのです)。

     原発事故の本質は,技術とは何かということでしょう。技術は人間の作り上げたもので,だから,人間の手の内にあって,完ぺきに制御できるものだと思われていたのが,言うほどには手の内のものではないことが示されたということです。原発について,原発は発電の技術ではありますが,しかし,我々は,それを,無害に維持し,無害に廃棄することもできなければ,技術の制御とは言えません(これに対して,原爆は,爆発できればそれで終わりで,持続,後始末はしなくてよいというのが特性です)。さらに,不十分な段階の技術について,いったんしてしまった失敗は,もとに戻すことはできない,そういう危険もあります。このことは,先端的な技術として,宇宙開発,遺伝子治療にも同じことです(ここにも安全神話が成立しているようですが)。
    にもかかわらず,今回も,議論は,事故は人為的なもの(つまり想定外を想定しなかったという)だとか,事故処理が不手際であったとか,成長経済維持のためにはエネルギーの確保が必要で,そのためには原発は不可欠である,したがって廃棄できない,というような,非本質的な領域に議論が落とされて,したがって,ことがらは事故前と手続き上手間がかかっただけで,変わらないということになります。

     本当は,
    ① 津波被害は,我々の生きている環境である巨大な,不分明な自然に対して人間の優位さを夢想するという
    ② 原発事故は,技術という人間の作為を信頼してしまうという
    ともに,人間主義を,反省して,改める,そういう良いチャンスだったのです。しかし,議論は,その方向には向かわなかったようです。

     議論を,本質的領域で行うとは,ことがらの理解を,その必要条件のところで行うということです。必要条件とは,もう一段大きな枠組みの下で考えるということです。

     これについて,一般意味論は,こう説明します。一般意味論では,言葉(単語,あるいは,概念といってもよいのですが)を,抽象度の段階によって,階層に分けます。例えば,「このイス→イス→家具→物品→もの→・・・」というようなものです。これを抽象のはしごと呼んで,右にいくほど,はしごを上ったことになります。この階層は,集合論で説明すれば,集合の包含関係の順ということになります。そして,本質とは,左のものに対して,右のものが本質であるということになります。「イス」の本質は「家具」です。必要条件とは,左に対して右が必要条件ということです。「家具」(であること)は「イス」(であること)の必要条件になります。

     一般意味論は言います。議論が有効に推移するには,抽象のはしごを上り下りしたときである。つまり,はしごの同じ段に足を置いているだけでは,上ることも下りることもできず,議論が何も生まれないということです。特に,今日の,日本人の議論に足りないのは,はしごを上ることです。つまり,本質を考える,必要条件で議論することです。例えば,これは集団的自衛であり,こちらはそうでないなどいくら勝手に言っても,そしてそれをレトリックや,情緒主義で補てんしても,言うことは自由ですが,はしごのある段で足踏みしているだけで,上にも下にも動いていません。津波の被害者はかわいそうだ,いや,もっとかわいそうな事例もあるなどいくら同情しても(同情は悪ではありませんが),足踏みするだけで,ことは進まないわけです。

     有効な議論を阻害する要因は,まだありますが,まず一つ上げてみました。また別に書きます。


  • #22

    荻原 欒 (木曜日, 07 8月 2014 16:00)


    「自然(環境)」対「人間」の問題 ― 「気候工学という発想」と「登山家メスナー」

     朝日新聞の「ザ・コラム」(8月2日)という欄に,「気候工学」とでもいうべきものの紹介があり,興味を持ちました。

     例えば地球温暖化は,人類のとって不都合なことがらとされます。そこでそれを避けるべく二酸化炭素の削減,つまり化石燃料の使用の抑制が求められます。しかし,気候工学として,こういう手もあるというのです。曰く
    ・ 人工衛星のような鏡をたくさん打ち上げて太陽光を遮る
    ・ 海に鉄をまいて植物プランクトンを増やし,二酸化酸素を吸収させる
    ・ 成層圏に硫酸の粒子状物質を注入して,太陽光を遮る

     要するに,これまで天然,自然とされてきた気候を改造しようという思考です。
    もっとも,近々に実用化が可能なわけではないようですし,また,気候というような領域に工学的手法を導入するとは,今日の段階では,奇妙な発想に思われますが,考えてみれば,(今日誰もその存在を疑わない)医学なども,生命工学,あるいは,生物工学のことだと言えないこともありません。同じ発想ですから。

     それに対して,2年ばかり前のことですが,昔同じ職場にいた,同じ歳のIさんと久しぶりに会って,Iさんは,最近は,登山に,単独行という形で,取り組んでいるという話が出ました。私は,単独行というところに興味も持ったので,いろいろ突込んで聞き,その時,はじめて,ラインホルト・メスナーの名を知りました。以来気にしていたのですが,今回,『ラインホルト・メスナー自伝―自由なる魂をもとめて―』(松浦雅之訳,阪急コミュニケーションズ,1992)を読みました。メスナーはご承知の通り,エヴェレスト,無酸素登擧,単独初登頂,8000メートル峰完全制覇ほかで有名な,イタリアの登山家です(1944年生まれ)。

     私にとって,啓発的だったところを引用してみます。

    ・ ぼくはつくづく思うのだが,自由というこの地上の楽園に最も近いところにいるのが登山家だ。真の登山家は高望みせず,見栄をはることもない。他人の奴隷でもなければ,直登主義者たちのように山頂からの最大傾斜路の虜になったりもしない。こういう主義にとらわれた連中は実にかわいそうだ。なかでも一番気の毒なのは,自分と山のあいだにさまざまなルールが入り込んでくることをまるで自覚していない手合いである(52p)

    ・ ぼくたちは30分ほど休息をとり,お茶を沸かして一杯ずつ飲んだ。それからまた悪戦苦闘を続けた。突然,8760メートルの南峰の下に出た。自分たちの高度についても,酸素なしで登っていることも,すでにどうでもよくなっていた。僕が登りつづけるのは,斜面がさらに上へ上へと見るからにはてしなく伸びているからだ。ここがエヴェレストだろうとマッターホルンだろうと同じことだ。ぼくが上をめざすのは,まだ頂上に行き着いていないからだった。・・・山頂まで登ることが,自分に許された唯一の道であるかのように思えた。(「349p,「エヴェレスト無酸素登頂」)

    ・ これまで8000メートル級の高峰の初征服が,わずかな例外をのぞいてことごとく酸素マスク付きでおこなわれてきたとすれば,それは,人間が,なんでも自分の思い通りにやらないと気がすまない生きものだからである。50名からの大遠征隊を賄うには巨額の費用がかかった。しかもその遠征隊は,特定の国から援助を受けた。山頂には,それにふさわしい国旗が掲揚されることになった。クライマーたちはもはや危険を好まなくなっていた。
     1985年には,また新たな状況が見えてくる。すでに登山家たちは完璧なテントや靴や衣服や調理用具をわがものにしてしまった。登擧の準備の段取りも,高所順応の方法も知りつくした。高所での短期滞在を繰り返す方が環境に早く適応でき,したがってより大きな成果をあげられるということもわかってきた。そしてその結果,世界最高峰の神秘が剝ぎとられてきた。次から次へと続く数限りない遠征のおかげで,偉大な山々がすっかり萎縮してしまったことにぼくは気づいた。かつて,8000メートル峰の頂は,他を絶する孤高ゆえに,誰ひとりとして近寄りがたい存在だった。(413p)

    ・ このふたつの登擧を終えたらもう決してそんな高い山には登らない,とぼくは母に約束した。この約束をしたのは,ぼくが8000メートル峰の世界を知りつくしたように感じ始めた時期と機を一にしている。最近では高い山に登っても,何か新しい体験を得るということがめったにない。なじみ深いものと新奇なものとが織りなす緊張感こそ,洞察力やアイディアやエネルギーの源泉なのだが,ここ10年来ぼくはその緊張感を失っていた。いまでは,人が山に登ったときどんな行動をとるかもすっかり見通せてしまう。山では友だちもできた。が,その反面,失望させられたパートナーも多かった。それはひとえに,登山家のなかにさえ正直者と嘘つきが,自発的な人間とひとりよがりな人間が,そして愉快な連中と嫉妬深い連中がいることを,ぼく自身が認めようとしなかったせいだ。登山家という人種が他の人びと以上に人間の典型例を示しているわけではない。ただ一つの違いは,生死を賭けた状況下に置かれたとき,その人の人間性や資質というものは,登山家のほうが市井の人よりいっそう鮮やかに浮きでてくるという点なのである。(415p)

    ・ 登山の歴史をつねに支えてきたのは,他人に先んじたいという野心である。1983年,二人のアメリカの大富豪が途方もない目標を掲げた。誰よりも先に,七つの大陸の最高峰の頂上をすべてきわめつくそうとしたのだ―しかも一年以内に。ディック・バスはアラスカの炭鉱とユタのスキーリゾート地を所有していた。フランク・ウェルズは世界最大の映画会社のひとつ,ワーナー・ブラザーズの社長だった。二人は100万ドルの予算をかけ選り抜きの山岳ガイドとアドバイス・スタッフたちが計画に取り込むことになった。一行は改造飛行機で南極大陸のど真ん中へ着陸し,大金をつぎ込んでエヴェレスト遠征をもくろみ,オーストラリアに出かけて,マウント・コジオスコ(2228)に登った。しかし,百万長者たちは,エヴェレスト登擧に失敗していた。世界最高峰の山を金で買うことはできない。そのことがぼくには愉快だった。(418p)

    ・ ぼくは過去20年間,世界の自然地域の保護運動に身を投じてきたが,それは自分たちのレクリエーションの場を守り,立法者としての自然を敬おうとする思いが強かったためだ。・・・大切なのは,自分たちが足を踏み入れた地域を,最初の出会いの姿そのままに残しておくことだ。そうすれば次の世代も,ぼくたちがその地に求めていたものを発見できるだろう。砂漠や山は,ぼくたちの人間性をくっきり浮かびあがらせる触媒だ。その上に立つと人間の能力や限界が見えてくる。武骨な風景をもった自然は,人の魂を映しだす最良の鏡である。しかもそれ故に,人は未開の地に対して大きな責任を担っている。
     純粋無垢な自然は,表向きなんの役にも立たないように見えて,じつはかけがえのない体験の宝庫である。・・・未開の山,未開の白い大地だけが,自然を体験する上での無尽蔵な資源であり,人間性をはかるものさしともなる。ぼくが南極大陸縦断を思い立ったのは,科学への貢献のためでも国家の威信のためでもない。ぼくは自分自身にとってのものさしを見つけたかったのだ。そして同時に南極大陸が地球最後の汚れなき大地としていつまでも残されるべきだということを,身をもって示したかったのである。(424p)

    ・ 南極では,ひたすら歩きつづけることがたちどころにぼくのライフスタイルとなり,その行為に感動すら覚えはじめた。南極大陸では,人はひたすら歩きつづける。上も下もなく,昼と夜の,あるいは春と秋の区別もつかないこの地では,時間の壁がとりはらわれるにつれて人は無窮の時の流れに身をゆだねる。時間の感覚は融け去り,空間が広がっていく。天気のよいときにはどのくらい遠くまで見通せるのか,見当もつかない。わかっているのは,ひとつの地平線の向こうにまたもうひとつの地平線があらわれるということだけだ。一歩進むたびに世界が生まれ,そして消える―ぼくたちは6000歩の距離を休まずに一気に歩き通した。それを一日に5回,6回,8回と,92日間にわたってくりかえした。山に登るとき,人はホールドや,雲の形や,雪崩の通った跡に気持ちを集中させる―精神はこうした外界の制約に縛られている。ところが氷の世界を旅していると,心がはるか彼方へ運び去られてしまい,橇を引く苦労さえ意識にはのぼらない。(426p)

    ・ うしろに引いている橇と足元のスキーが,ふたりの靴音に負けじと喧しく音を立てる。その音が,ぼくたちの息づかいや首筋の脈動とまじりあう。それ以外はまったく静かだ。なんという沈黙。最初のころはその静けさがぼくを憂鬱にさせた。あらゆるものをつつみこむこの静寂に慣れていなかったせいだ。だが次第に安らぎが訪れた。それは内なる自分からくる安らぎだ。国家間の領土争いによって引き裂かれてしまった世界では,決してこのような心の平安が得られないことをいまのぼくは知っている。仏教で四聖諦の第三にあげられる滅諦,つまり苦の絶滅という高邁な教義も,せんじつめればぼくが南極で体験した静寂と,安らぎと,無限のことだ。ぼくたち登山家は,最初にアルプスの,次いでヒマラヤの,神秘のベールを剝ぎとってしまった。なぜなら登山家はまず征服をおこない,それから山頂や岸壁やルートを分類したからだ。アルピニズムの根底を揺るがす破壊的な精神も,やはりここから生まれてくるのである。
     もちろん山に登ることはやめないつもりだ。ただしこれからは,孤独でいられる山頂を求めるための,そして南極縦断以来ぼくの至宝となった無限や静寂や調和のひとかけらでも見出すための,自分ひとりだけの登擧になるだろう。(428p)

            掲示板は字数の制限があります。次の#22に続きます。

  • #23

    荻原 欒 (木曜日, 07 8月 2014 16:12)

     
                     (承前 #22の続きです。)
       
       「自然(環境)」対「人間」の問題 ― 「気候工学という発想」と「登山家メスナー」
     

     気象工学と,メセナー,要するに,自然(環境)と人間の二元論という設定の上での,2つの考え方です。

     気象工学(一般に,工学の立場)の方は,①自然が人間生活の邪魔になるなら,自然の方を人間に都合よく改造してしまおう,②自然は,本来,人間生活のための(人間生活向上,幸福のための),便宜であり,道具であるという,人間主義(ヒューマニズム)です(ただ,問題は,そのようにうまくできるかどうかですが,そこが技術の進歩で,そこに工学というものが登場します)。これは,現実に私たちの多くが納得し,目指している立場です。

     それに対して,メスナーは,①自然は圧倒的に人間を超える存在であり,自然に手を加えるべきでない。②人間は自然の制約のもとにあり,人間は自然の一部に過ぎない,ということでしょう。そしてそのことの自覚に,(人間が自然に従うことの中に,)人間の平安はある,となります。
     例えば,地球の滅亡に際しては,地球を改造や,地球の外に逃避するようなことを考えるのではなく,地球とともに人間も滅亡するという覚悟なのです。あるいは,昨今の原子力発電の話題で言えば,たとえより多くのエネルギーの取得が人間生活を豊かにするとしても,むやみと新たなエネルギーをもとめない,自然が(地球が),(まさに自然に,)我々に与えてくれているエネルギーの範囲で収まるように,生活の方を組み立てる,ということなのです。生活の拡大のためにエネルギーをもとめるのではなく,与えられたエネルギーの範囲で(与件の中で)生活することです。
     メスナーはそのことを,いささか極端に主張しているということでしょう。

     私は,とりあえず,メスナーにくみします。ただ問題は,両者とも,自然(環境)と人間を,実在する,実体であるとするリアリズムに,そしてそれに基づく二元論に立っていることです。
     その上で,工学は,自然と人間からなる実在の世界で,人間中心に生きることは当然であり正しいという,世界は人間のためにあるという人間中心主義のリアリズムをとります。
     メスナーもまた,登山家として,リアリズムです。そこに,(とりあえずは人間を拒絶する,実在する,実体である)山があるから,困難を克服して,登山が成立するわけです。彼の場合,その山というのが,究極には,未開の自然といういささか抽象的な表現に行き着いたのでしょう(しかしそれは実在です。あくまでも人間を含む自然というものがある。そう考えています。)
     ともにリアリズム,あるいは,実体論です。もちろん,世間一般の議論は,そのようになされるのが一般です。ですから,近代以後(あるいは科学の成立以後),第一の立場は,人間中心主義であり,それに対して,現今,メスナーのような,人間主義に批判的立場(第二の立場)が言われるようになった,それが今日の状況でしょう。

     今回の話は,そこで終わりで,そして,私も,メスナーのいう未開の自然のような,人間を超えた圧倒的な領域を認めたいと思うのですが,ただ,私は,リアリズムに立たず,実体論ではなく,論理の問題,方法論上の問題としてそのことを考えたいのです。ここは,実在論でなく観念論をとるべきだと思うのです。つまり,メスナーの示唆するようなリアルな「未開の自然」に当たるものを,「不分明な,開かれた全体(混沌)」として,論理的,知識論的なものとして立てたい。自然(環境)も人間もその部分であり,その開かれた全体を論理的前提として(それに帰依して),生きるのが人間の生き方であるという考えです。第三の立場です。

     なぜそうしたことを言うのかというと,リアリズムでは,「生死の問題」(これはつまるところ,死の問題,非存在の問題です)と「自我の問題」が,未解決なままに残されてしまう,と思うからです。
     その点について言えば,工学では,死も自我も,本質的には問題になりません。死も自我も,ややこしいところはあるとしても,一つの現象であり,そのようなものとして処理されるからです。一方,メスナーは,登山家として死の危険に常に接し,単独行において自我そのものに純粋に面し,その経験と追求の上に,彼の納得もあるのでしょうが,しかし,それは(心理的)リアリズムになっており,いずれにせよ,リアリズムの下で,この問題の本質が果たして解けるだろうかというのが,私の考えることなのです。

     これだけでは不十分ですから,このことについては,別に書きますが,興味を持つ方は,とりあえずは,ブログの「老人学―その2」「全体論という見方」をご覧ください。

  • #24

    荻原 欒 (日曜日, 31 8月 2014 21:42)



     道徳を壊すもの ー迷惑電話少考―

     またやっちゃったという悔恨の残る一日でした。

     電話についてのことなのですが,仕事から離れたこと,老人生活になったこと,非通知通話拒否設定をしたこと,メールなどの代替機能を利用していること,これらが相俟って,この頃は,数日に一回ぐらいしか,電話というものはかかってきません。それでも,その大半は,こちらにとっては用のない,迷惑電話なのです。かつてはマンション購入,資産運用などの関連が多かったのですが,この頃は,健康サプリメント,墓,葬儀の勧誘などがもっぱらです。そして興味深いことは,ここ十年ぐらいでトータルの件数でいうと,私の印象では,NTTの関連会社からの送信が結構多いのです。電話,通信関連の,新サービスの宣伝,どうすれば安くなるかなどの要件です(思うに,自分のところのサービスの自己利用ですから,気軽で,電話代が無料なのでしょう?)。

     これらの電話については,大いに気に入らないので,かかってくると,できるだけ,不愛想に応対したり,喧嘩腰に応対したり,相手を混乱させるような物言いをしたり,それなりに抵抗して,そして切るのですが,終わると,これしきの事で腹を立てて,なんと狭量な自分であることよと,反省して,惨めな気持ちになって,その日はそれを引きずるのです。でもそれくらい腹が立つのです。精神上よくない。今日も久しぶりにNTT関連で,やってしまいました。

     何が気に入らないのかというと,
    ・自分の利益のために,何の配慮もなく相手を引きずりだす,この倫理的無配慮(言葉遣いだけは,口先だけは,配慮を見せるのです)
    ・しゃべり方,しゃべっている内容に,真実味がなくて,ただマニュアル通りにやっている点,要するに相手を知らずにただしゃべっていだけなのです(相手を本質的に人間と思っていない)。(多分,しゃべり方コンサルタントなどの講習を受けての手法なのでしょうが,話をとぎらせないように,意味のないことを饒舌に続ける,例えば,すぐ,「旦那さんでしょうか」などと訊いてきます。こんなのは,盛り場で,「おねえちゃん」と呼びかけるのと同じです。そして,事前の筋書き通りにしゃべってくる)
    この「倫理的無配慮」と,「真実味のなさ(人間無視)」が気に入らないのです。もっともこの二つは,電話に限らず,万事に,今日の(美しい,世界一と自賛する)日本社会のトレンドであるのですが。

     電話について,昔は,電話機も少なく,機器自体を大事に扱ったこともありますが,電話で話すときは,最大限に礼儀を尽くしたものでした。かける時は相手に迷惑の掛からない時間帯を選び,用向きは,事前に,手順を頭の中でリハーサルをしておいて,なるべく手短に話す。切る時も,面談するのでもなく,手紙でもなく,略式である電話にしてしまったことの無礼を詫び,畏まる。もとより,言葉遣いは,これ以上できないぐらいの丁寧さです。受けるときは,待たせないように,ベルが鳴ばとんで行って受話器を取る,そして,向こうに言わせる前に,すぐに名乗る。大切な客を迎えるときのように精一杯愛想を振りまく。切る前には電話をもらったことの礼を言う。なによりも,面談→手紙→電話の順で略式になるという理解ですから,電話というものは,たとえ商売上の用向きであったとしても,省略的やり方で,本来知っている相手にかけるものだったのです。だから顔が見える。つながりがある。

     この頃は電話のマナーがすっかり変わりました。電話がかかってくると,まず,怪しい電話かと疑います。出ても,決して訊かれるまで名乗らない。(それどころか,相手も,こちらの名前すら知りません。不特定の旦那さんや奥さんとして電話をしているのです。この間などは,どうしてこの番号を知っているのかと訊きましたら,同じ局番の中で,任意に,番号をまわしているのだということでした。)ですから,電話がかかってくると,危険物が飛びこんできたかのように一瞬ビクッとする,そして,構えて,精一杯ぶっきらぼうな,無愛想な応対をします。これはこちらからかけたときも同じで,この頃,大体,受け手は,最初は固い,愛想のない声で,用心深く話します。私と分かったとたん,調子が変わるのです。

     要するに,かつての電話の善きマナー,人々の敬愛に満ちた話し方,コミュニケーション,こういうものが,少なくとも電話ではなくなってしまった。

     どうしてそんなふうになってしまったのでしょうか。要するに,まず人間がいて,面識があって,文通があって,その前提の上に,補助として電話があったのに(だから,電話には,面識,文通と同様な丁寧さが要求されたのですが),その前提なしに,いきなり電話から人間接触に入るケースが大多数になったからです。具体的には,商売に電話を使うようになったからです。商売だってもともとは,面談の上に成立することでした。それが,顔も知らない相手に対して,名前も知らない相手に対して,もっとひどくは電話番号だけに対して,遠慮なく電話をするわけです。(その究極に,私でも何回か,向こうがテープを回しているだけの電話をもらったことがあります)。

     要するに,人間不在で,電話というシステムだけが,電話機の普及とともに,電話の技術の進展とともに一人歩きして,電話というものの成立の,歴史的,社会的,倫理的前提を無視して,望まない人間をも巻き込んで,動いているということなのです。電話の例ではありませんが,同じ構造を示す例に,家のポストによくビラが入りますが,例えば私がポストの脇にいても,頭も下げずに,一言も言わずに,家人を無視して,人の家のポストにビラを入れていくのです。配る人間の仕事は,ビラを人間である相手に渡すことではなく,ポストに入れることだからです。それで終わりなのですもとより,ビラの発信元は,おそらくアルバイトの低賃金にそのことを託して,直接には出てきません。企業としては,アルバイトを雇うという,まさに金目で,ことを処理しているのです。電話も同じで,発信元は,顔を見せないで,電話だけが受信者の迷惑を含んで,勝手に動いていく。電話から,人間が分離してしまっているのです。(電話のオペレーターなどという職業もそれで,東京の会社の品物の案内が,九州などからかかってくるのです。なんだこれは!)。本来は,人間生活のための便宜,道具,手段であったことがらが,人間生活という前提を離れて,独立し,却って人間生活に害を及ぼす,今日の社会に多方面に見られるパターンです。元の形に戻せばよいのです。

     それで,腹を立てて,抵抗して,そして,反省して落ち込んでいるわけです。こういった電話は,無言で切ってしまえばよいのでしょうが,これまでの慣習からそうはいかないのです。他人から話しかけられた時は,それなりに応対するのが,我々の善き習慣であり,常識だったのです。そうでないとコミュニケーションは成立しません。そして,話は丁寧に,失礼のないように気をつかうべしというのも,これまでの慣例でした。これが,私たちの社会生活のこれまで築きあげて来た,道徳的インフラだったのです。この良き習慣を,悪用したのが,例えば迷惑電話ということになります。

     迷惑電話は,そういったよい慣習を,つぶしていきます。(根本的には,市場重視,マーケティング手法が,そういう事態を招いたと言えます。)明治以来,長い年月かけて折角築いてきた,人間あってのコミュニケーションという,話すときは,丁寧に,心を込めて話そうという,社会慣習を,道徳を,社会的インフラを,電話については,マーケティングに走ることによって壊してしまった。(現代マーケティングのリーダーであるNTTについて言えば,皮肉にも,明治以来,逓信省,電電公社として,長い歴史とともに培ってきた,大事な商品である電話という人間関係を,そしてそれを通して築き上げてきたインフラを,確かに,電話は普及して,技術も進歩して,様々に利用できるようになって,NTTの収益は上がったが,その見返りとして,壊してしまった。そう言えます。電話の大本であるNTTが率先して自らの首を絞めたという皮肉です)。それで腹が立つのです。

     結論として言えば,相手を知らないのに,無遠慮に,当然の行為として電話を掛けるという,迷惑電話は,配慮という倫理,真実味(人間味)という,道義を,壊しつつあるということです。

     おそらく,相手への配慮とか,人間性の重視が,道徳というものの,それなりの基礎,内容であることは,多くが認めることです。そうだとして,それについて,(特に老年の)右派は,戦後,このような道徳を壊したのは,日教組や,共産党であると他人のせいにして,盛んに言いますが,(少なくとも電話を本来の役割を超えて使用する,迷惑電話を一つの例とすれば),やっぱり,それを壊しつつあるのは,市場主義や,企業の利益追求,それへの無反省という右派であると言えるのではないでしょうか。