士農工商の商

 

 T.M.君へ。本,今日届きました。ありがとう。(新雅史著 『商店街はなぜ滅びるかー社会・政治・経済史から探る再生の道』 光文社新書 2012.5.刊)あとがきを読んで著者の意図は分りました。さっそく読んでみます。

 

 今日,多くの人はいわゆるサラリーマンですが,その他に,「農家」,「職工・職人」,「商売」,昔流に言えば,農工商にあたる仕事と,そこにおける生活があるわけです。私は育ってきた経緯から,農業,農村,その生活については,心情的にもよく分るのですが,「もの作り」と「商売」,つまり,職工さん職人衆,商店については,生活環境,生活心情ともに,内的には全く分りません。その逆の人もいるでしょう。面白いものです。

 

 それでも,商売関係の知人がいないわけではありません。高校の親しい同級生は,その業界の全国協会の会長までやりましたし,同じく高校の同級生(女性)は酒屋お主婦として,*十年ですし(蒲田),私が商業高校に勤めていた頃の卒業生(女性)も酒屋に嫁いで,今日に到ります(池上)。ともに後継ぎがいます。それに田中君と,(八百屋も,肉やも縁がありませんが),酒屋さんとは秘かに結ばれているようです。酒については,それなりのお客さんでもあります。

 

 かく,商売に無知な私ですが,それでも,商売とは何かについて考えさせられる,いくつかの接点がありました。すべて,懐かしい,平成以前のことです。

 

 まず第一は,昭和の40年代のことですが,上に話した,卒業生のK君が,結婚することになって,酒屋の跡継ぎである相手の男性と一緒に,私宅を訪ねてくれたことがあります。その頃,ちょうど,酒販売の自由化が少しずつ話題になる頃でしたので,私としては背伸びして,そんなことを話題にしました。答えは,でもまだしばらくかかるだろうということでした。

 

 第二は,その前後,私が勤めていた商業高校の,同僚の先輩の先生から,大型店舗の規制の是非の話を,時折聞かされました。私には,その将来的な意味は分りませんでしたが。(この先生は,当時は商業経営など呼ばれた分野,今で言えばマーケティングでしょうか,が専門で,後に中大の商学部教授になりました)。

 

 両方とも,当時問題になりつつあったことがらで,結局,自由化の方向に進みましたが,しかし,いろいろな観点から,今日でも,考えるべき問題が残されていると思います。

 第三は,大学に勤めるようになってから,その当時は,地方出身の学生が多かったので,年に一回,地方の各地で,教員の方が出張して,父兄会というのが開かれていました。毎年いろいろなところに行きました。父兄会のあと,父母が慰労会を開いてくれるのですが,懇談のなかで,私など,商業,経済問題に疎い者には,目を覚まさせてくれる話題が数々ありました。3つだけ上げましょう。全て昭和の時代のことです。

 

 富山に行ったときです。魚市場の仲買の会社を経営する父親がいて,「うちの現場の連中は,商売が好きで困ってしまう」と言っていました。つまり,経営としては,冷蔵庫もあるのだから,値段も見ながら,品物を出し入れして,計画的に売りたいのだが,現場の方は,とにかく売ってしまう,連中はそのやりとりに,商売の醍醐味を見ているというようなことでした。これは,面白い話です。商売はその意気です。違う例ですが,私の住まいの近くに「サイボクハム」という,肉,野菜を合わせて売る,大型店舗があります。そこにあるお茶屋さんが出店しているのですが,その店の隠居のおじいさんが外でほうじ茶を目の前で詰めて売っているのです。その詰めっぷりがよい。息子や孫が,出ているときはダメなのです。一方,肉の売り場には,もうすぐ定年になる年配の,肉加工についてはベテランのおじさんがいて,たまに売り場にも出てくるのですが,あるとき,私のところの家内が,牛肉をかったら,まず注文の分量を測った上で,「これは奥さんの分」と言って,もう一枚のせてくれたというのです。ともに,それなりの立場でないと出来ないことですが,こういうのが,昔流には,商売の面白さではないでしょうか(個人対個人,人間関係)。


 もう一つは,愛媛に行った時のことです。そちらのタオル製造会社の社長がきていて,タオルを中国で作ってこちらに持ってくるのだという話をしていました。一緒にいた国際経済の先生は,さもありなんと聞いていましたが,今では当たり前でも,私には,作るところと,売るところが,国境を越えて違うというのは,新しい知識でした。

 

 もう一つ,北海道の父兄ですが,私の商売は,移動トイレを,レンタルすることだと言われて,こんな商売があるのかとびっくりでした。そして,この前は,甲府のどこそこまで国体開催について,何十個運んだと言われました。私も甲府の地理は分っているので,地名まで含めて,興味森々でした。今では,大工さんの現場にも普及していますが。

 

 以上,私と商業の,ささやかな接点,想い出,でした。